時として"スーパーヒーロー"になる野原ひろし
その「しんちゃんの父ちゃん」野原ひろし役を務めている藤原啓治さんが病気治療に専念するため、昨年から出演をお休みすることになり、ファンの間に衝撃が走りました。現在は森川智之が代役として頑張っていますが、やはりあのひろしの声あってこその「クレヨンしんちゃん」、というファンは少なくないでしょう。
ひろしといえば、しんのすけをビシビシ叱るみさえとは対照的に、普段はひょうひょうとした印象。都内の商社に勤める35歳のごく平凡なサラリーマンとして描かれているわけですが、時としてスーパーヒーロー顔負けの父の威厳を見せることもあるのです。
その極めつけといえたのが、2001年4月公開の映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」。続く「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」と並ぶクレしん史上最強作と称される1本です。主人公はもちろんしんのすけなのですが、この映画に限ってはひろしこそ真の主役といっても間違いではないかもしれません。
「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のあらすじ
1970年の大阪万博や懐かしのヒーロー、プロレス、往年の名車など昭和レトロの流行を取り入れたテーマパークが出現。ひろしもみさえも含め大人たちが次々と虜になってしまい、しんのすけたち子どもはほったらかし状態に。
これに危機感を抱いたしんのすけたちは「かすかべ防衛隊」を結成、テーマパークを主催し20世紀への逆戻りを企てる「イエスタディ・ワンスモア」のケンとチャコの野望を打ち砕こうと立ち上がる――というのが大まかなあらすじ。
映画公開当時から広がり始めていた昭和レトロブームに対する鋭い皮肉をやってみせるなど、メッセージ性のこもった作品に仕上がっています。ちなみに本作の監督・脚本は「河童とクゥと夏休み」などでも知られる原恵一さん。演出はいまや「ガールズ&パンツァー」などで飛ぶ鳥落とす勢いの水島努さんが担当しています。
未来はオラが守るゾ
そしてこの作品の最大の見所かつ泣き所なのが、テーマパークに乗り込んだしんのすけがイエスタディ・ワンスモアに洗脳され子どもの姿になっていた父ちゃんを見つけ出し、ひろしが履いていた靴のにおいをかがせて我に返らせるシーン。昭和のにおいに毒され懐かしさの虜になってしまった父ちゃんを、しんのすけは本来の父ちゃんのにおいによって我に返らせようと考えたのです。
そのかぐわしい香り(?)とともに、ひろしの脳裏には自分がしんのすけと同じくらいの子どもだった頃から大人になった現在までの人生の足跡がフラッシュバックされます。父親の背中につかまり自転車であぜ道を走る光景に始まり、青春時代の淡い初恋、ひとり上京して就職し慌ただしく働き、みさえと出会い結婚し、しんのすけが生まれ、マイホームを構え、曲がりなりにも一家の大黒柱となって……。
一連の回想シーンからは、どこにでもいる平凡なサラリーマンと思われがちなひろしにも、確実な歩みがあり、一家の大黒柱の地位が伊達ではないことがはっきりと伝わってくる。息子と一緒にこの場面を見たお父さんならここで涙腺決壊確実でしょう。
そして元に戻ったひろしは、同じく懐かしさに洗脳され魔女っ子と化していたみさえにも自分のにおいをかがせて正気に戻し、イエスタディ・ワンスモアの計画を阻止するため奮闘。途中、夕飯のカレーのにおいや昭和漫画っぽい懐かし描写のトラップに出くわすも、そのたびに自分の足のにおいで耐え、東京タワーのような大鉄塔へ向かうケンとチャコを追いかけます。
「オレは家族と未来を生きると決めたんだ」
最終的に敵役の2人に立ち向かうのはしんのすけの役割になりますが、鉄塔を登って行く途中落っこちそうになるしんのすけを体を張って守ったり、ケンとチャコが乗るエレベーターの扉に必死で食い下がるなど、ひろしの活躍ぶりは最後まで続きます。
その中で、「戻る気はないか」と誘うケンの言葉に、ひろしはきっぱりとこう返します。
「ない!オレは家族と未来を生きると決めたんだ」「オレの人生はつまらなくなんかない。家族がいる幸せをあんたたちにも分けてやりたいくらいだぜ」
この時点で最高の父ちゃん確定のひろしですが、食い下がるひろしを踏みつけようと足を上げたチャコに向かって「見えた!」と一言。さすが、隙がありません。
この「オトナ帝国」を機に、それまで子どもに見せたくないテレビ番組の常連とばかりみなされていた「クレヨンしんちゃん」の評価は一転。ひろしも、理想の父親キャラランキングの上位に名を連ねる存在になったのです。そんな父ちゃんを演じ続けてきた藤原啓治さんの一日も早い復帰が待たれます。
(足立謙二)
※イメージ画像はamazonより映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲 [DVD]