1.自主法政祭/法政大学
もっとも個性派の学園祭といえば法政大学の自主法政祭だろう。祭の雰囲気を現す記述が『大学図鑑!(2000年度版)』(ダイヤモンド社)にある。
“学祭が学生の自主運営という形をとっているため、それは無秩序の極み。期間中にはすべてのトイレの排便部に金網が張られる。ゲロによるつまりを防ぐためだ。キャンパス内では泥酔男たちが徘徊し、ゲロのほかにも汗や唾や精液やあらゆる分泌物が建築物の床をおおう。1週間は床のネバつき、黒ずみが消えない。以上は決して、誇張ではない”
筆者は、この祭りに何度か参加したが、確かに得も言われぬ空気はあった。夜には屋外でアニメのフィルム上映が行われる。酔っぱらいたちが「ガッチャマン」を大合唱するさまは、“バカ丸出し”でありながら、同時に“青春の1ページ”を記録していた。
2.和光祭/和光大学
学生数4000人ほどの小規模な大学ながら、ミュージシャン、漫画家などサブカルチャーシーンで活躍する人間を多く排出する和光大学の学園祭も過激だった。同じく『大学図鑑!(2000年度版)』の記述を見てみよう。
“3日間にわたって行われる学園祭は、昼夜ぶっ通しで、筆舌に尽くし難い盛り上がりを見せる。
このほか、ドラム缶風呂による入浴設備の提供や、コンドーム販売も行われていたという。ここまで至れりつくせりならば、72時間ぶっ続けで楽しめそうだ。
3.早稲田祭/早稲田大学
早稲田大学は1997年から2002年までの6年間、学園祭が中断していた。現在は2日間開催だが、かつては本祭4日間に加え準備撤収を含めて、一週間にわたり行われる大規模な祭りであった。飲酒は全面解禁であり、準備日の2日間だけでベロベロに酔っ払ってしまう人間が続出したとか。さらに、マイナーアイドルであった制服向上委員会のライブに、「愚連」と呼ばれる過激なファンが乱入し消化器を撒き散らすなど、カオスな風景も見られたようだ。
なぜ、こうした風景が学園祭に存在していたのかといえば、60~70年代に勃興した学生運動を経て、学生のサークル活動が一定の自治を獲得していたためだろう。現在、こうした風景が失われてしまったのは寂しいものだ。
(下地直輝)