90s

古田敦也「幻に終わった“日本ハム古田”」 ヤクルトで「平成最強捕手」へ

古田敦也が味わった挫折


この輝かしい経歴を誇る男の根本にあったのは、あるひとつの挫折経験だった。引退後に発売された『古田の様』という本の中で、当時の様子が残酷な程に書き記されている。古田が立命館大4年時に迎えた87年ドラフト会議前日、野球部中尾監督のもとに日本ハムのスカウトから連絡が入る。
「明日は古田君を上位指名で行かせてもらいますから、よろしくお願いします」

そのことを古田に伝えるともちろん大喜び。ドラフト当日は大学側が用意したひな壇に座り、多くの報道陣とともに歓喜の瞬間を待った。上位指名ということは、1巡目か2巡目。「日本ハム古田敦也」の誕生はすぐそこまで来ている。いや指名を示唆していた球団は他にもあったぞ。どうなる俺の運命……。
日本ハム1位は武田一浩(明治大)、ならば自分は2位か。と思ったら、日本ハム2位は小川浩一(日本鋼管)という社会人内野手。誰やねんそれ。それでも中尾監督は「なんらかの事情で3位になったのか」とまだ楽観していたという。しかし、ついに古田の名前が呼ばれることはなかった。

この時、ひな壇に座っていた当時22歳の古田は何を思ったのだろうか? あまりに残酷なプロ野球の現実。寮に戻った古田は打ちのめされた表情で、後輩の長谷川滋利(90年オリックスドラフト1位)に「長谷川、あかんかったわ」とだけ呟いた。翌日、電話をかけて来た日本ハムスカウトは嘘か真かこう謝罪したという。
「ドラフト当日、クビにするつもりのキャッチャーの残留が決まり、枠がなくなった」...続きを読む

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