タイトルのインパクトも相当なものだが、中身はそれ以上に壮絶だ。学生時代にある男性と恋に落ち、いざセックスしようとしたが性器がどうにも「入らない」。しかし2人はそこに折れることなく気持ちの結びつきを強めていき、のちに結婚。「入らない」こと以外は平穏に見えたこの夫婦の生活は、教師をしていたこだまさんのクラスの学級崩壊やこだまさん自身が難病に侵されたことなどもあり、じわじわと苦しいものへと変わっていく――。
1人の人間にこんなに大変なことが次々と降りかかるのか? と思うほど、山あり谷ありのこの1冊。泣けるポイントもつい吹き出てしまいそうなポイントもあり、読む人によっても感想は異なるとは思うが、それぞれが何か考えずにはいられない切実さを抱えつつ、しかしぐいぐいと読む人を引き込んで行く読み物としての力強さを秘めているのだ。
さて、この作品がオリジナル版から大幅に加筆され、めでたく単行本として発売されることが決まった。タイトルはそのまま。……そのまま???
一度聞いたら忘れない強烈なタイトルだが、発売する側も宣伝面を考えると二の足を踏むのが普通で、読む側も手に取るまでのハードルが高くなってしまう。
「どうすればこの本を、このタイトルのままで、1人でも多くの人に手に取ってもらえるのか?」ということで、こだまさんと担当編集者の高石さんをはじめとした出版社スタッフはさまざまなやり取りを重ねてきたという。その道のりについて、お二人に聞いてみた。
マンガ家のまんしゅうきつこさんに強く薦められて、最初に同作の序文だけを試し読みしたという高石さんは、続きが読みたくて仕方なくなり、こだまさんに連絡を取ったという。
高石 文章のキレイさ、テンポのよさ、「入らない」という衝撃的事実。たった13行の「序文」で受けた衝撃をそのままに、全文を一気に読ませる稀有な文才に驚きました。どこか客観的でドライな視点と独特なユーモアによって、悲劇的な人生は悲しみから解き放たれ、自由に躍動しており、その得体の知れない力に圧倒されました。自分と真剣に向き合い、謙虚に生きてきた一人の女性の半生がそこにはあり、これは多くの方に届けるべきだと直感しました。とにかく彼女の人生を、男ながらに追体験して震えた、という感じです。
ほどなくして書籍化の話が持ち上がったが、当初のこだまさん本人の感触としては不安だらけだったという。
こだま 何しろ題材が「ちんぽ」なんです。書籍化なんてとても無理、世間の人が許すはずないと思っていました。でも高石さんが作品をとても褒めて下さり、不安をひとつずつ取り除いてくれたので、次第に挑戦してみたいと思うようになりました。打ち合わせの際に高石さんが言った「ちんぽで天下取りましょう」は忘れられない言葉です。
そして、このタイトルのままでの発売にこだわった理由については……。
こだま 「ちんぽが入らない」ことに悩み、誰にも相談できず自分たちで何とかしようとしました。学級崩壊して心を病んだときも周りに言えませんでした。解決の道があったはずなのに、結局逃げてしまう。そして逃げたことによりその問題とずっと向き合うことになる。タイトルは、私の出発地点であり、半生そのものだと思ったからです。
高石 原作以上のタイトルを付ける能力が私にはなかったからで、これは編集者としてとても恥ずかしいことだと思っています。『入らない』とか『落日』とかいろいろ考えたんですけど、どれも「逃げている」気がしてやめました。もちろんこの『夫のちんぽが入らない』というタイトルで企画を通す際、反対意見は多数ありました。でもそれを押し通したのは、「これ以上のタイトルはない」ということ。私がオリジナルを初めて読んだときと同じように、「ちんぽの話」と思って中身を読んだ際のギャップを味わってほしいこと。このタイトルの本が話題になって売れたりしたら、ちょっとだけ世界が変わるんじゃないかと思ったことも理由としてあります。
出版元の扶桑社内でも大いに物議をかもしたというこのタイトル。発売にあたってはまず同社販売部主導で全国の書店員に呼びかけ、先行してゲラ(本にする前のページ)を読んでもらった感想を公式サイトやTwitterで公開。さらにサイトから「タイトルを声に出して言わなくても注文できる申込書」をダウンロードできるようにしたり、タイトルが一見わかりにくいキラキラした装丁に仕上げるなど、本を手に取ってもらうための繊細かつ大胆なPR作戦が次々と実行された。さらに1月18日の発売に向けて、まだ隠し玉的アイデアもあるのだそう。
そしてこの本の中ではこだまさん夫婦やご両親をはじめとした身の周りの人々を中心としてストーリーが展開していくのだが、こだまさんは作家として活動していることをご家族には内緒にしているという。これほどのインパクトのある作品を全国規模で発売するとなれば、気になるのが身バレの危機!?
こだま 性的な話題は厳禁という家だったので、このタイトルなら私の家族は手にしないだろうという確信があります。地元に書店がない、親がネットに不慣れ、夫は基本的に他人に関心がない、ということも心の支えです。
高石 こだまさんが身バレの恐怖と闘いながら「ちんぽの本」を書くという負担を味わったのだから、買う人たちにも「ちんぽの本」を手に取ってレジに持っていくというくらいの負担をかけてもいいんじゃないか、その負担込みでこの本がみんなの思い出として残ればいいなとも思っていたりします……生意気言ってすみません。でもそういう意味でも、とても大事なタイトルなんです。
さて、発売前から大いに話題を呼んでいるこの作品だが、11月に亡くなった作家の雨宮まみさんや劇団「大人計画」主宰で俳優としても人気の松尾スズキさん、マンガ家のおかざき真里さんら、書店員たちと同じくひと足先に同作に目を通して感銘を受けたクリエイターも少なくなかった。
これ、ものすごい名文で、「なし水」に載ったのを読んだときは衝撃を受けました。このタイトルにしかならない内容で、ものすごい。この内容に対して変な心理分析とかするやつがいたら、ぶん殴ってやりたい。そんなことじゃないんだよって。 https://t.co/WMJb7famXV
— 雨宮まみ (@mamiamamiya) 2016年10月21日
「生きていく」決心の本だと思いました。
— おかざき真里『阿・吽』5巻1/12発売 (@cafemari) 2016年11月24日
誰だって、できれば上手く生きたいし認められたいしお金も欲しいし褒められたい…沢山は望まなくてもささやかな、自分の思う「人並み」の、幸せがほしいと思う。でも自分の意思とは関係なく、上手くできない出来事は降ってくる。想像もしない形で。→
こだま 一番困惑するだろうと思っていた書店員さん方がゲラを読んで、「このタイトルのまま発売してほしい」と背中を押して下さいました。それに同人誌を出した時からTwitterで感想を呟いて下さった雨宮さん、毎日新聞の書評欄で取り上げて下さった松尾さん、やはり丁寧に感想を呟いて下さったおかざきさん、他にもたくさんの方々のおかげで、エロ本の類ではないとわかってもらえるようになりました。みなさんの言葉の力がなければ、ここまで広がりませんでした。とても感謝しています。
発売までの流れは、作品の公式アカウント(@kodama_och)や高石さんのTwitter(@takaishimasita)でもつづられているので、同作に興味を持ったらそちらもぜひご一読を。最後に高石さんにこの本を全力PRしてもらった。
高石 誰しも「うまくいかない」ってことを抱えながら生きていると思います。職場の人とうまくコミュニケーション取れずに孤立したり、黙っているだけなのに態度が悪いと陰口を叩かれたり、それにイライラして眉毛を全部剃ったら生えてこなくなっちゃったり……。大なり小なり、生きていれば何かしらうまくいかないことが起こるし、不満のない人なんて絶対いないと思うんです。こだまさんの「ちんぽが入らない」も、特別な事情には違いないのですが、「うまくいかない」の一つなんです。「うまくいかない」こととどう向き合って彼女は生きてきたのかが本書には書かれています。性別問わず年齢問わず、「うまくいかない」人こそ本書を読んで、ご自身と向き合い、ときには逃げて、でも「なんとかなる」と思ってほしい。「うまくいかないことにも意味がある」と思ってほしいです。
(古知屋ジュン)