90年代の邦画界を代表する俳優は誰だろうか?

真っ先に名前が挙がるのが、本連載でも以前取り上げたことのある浅野忠信。そして、もうひとりは今回の主役、田口トモロヲだろう。

彼の90年代の出演作を振り返ると、『鉄男II BODY HAMMER』(塚本晋也監督)や『ヌードの夜』(石井隆監督)から始まり、岩井俊二作品でも常連、さらにカンヌ国際映画祭においてパルム・ドールを受賞した『うなぎ』(今村昌平監督)にも出演している。田口は2000年になると、NHKの人気ドキュメンタリー番組『プロジェクトX~挑戦者たち~』のナレーションとして一躍有名に。日本に住んでいたら、あの淡々とした落ち着いた声を一度は聴いたことがあるはずだ。

だが、田口トモロヲが若かりし頃は、パンクバンド『ガガーリン』や『ばちかぶり』のボーカルとしてステージ上で脱糞パフォーマンスしていたことを知る人間は少ない。当時、彼らと同じナゴムレコードに所属していた電気グルーヴのピエール瀧の言葉を借りると、「ステージ上でクソを漏らして最も出世した男」である。

田口トモロヲの代表作『弾丸ランナー』


そんな田口トモロヲの90年代の代表作を挙げるとしたら、個人的には96年公開の『弾丸ランナー』を推したい。この映画にヒットマン役として主演している俳優SABUの監督デビュー作としても知られる本作。

ストーリーはいたってシンプルだ。仕事は上手くいかず、彼女には逃げられ、何かデカいことをやってやるとヤクザから拳銃を買い、銀行強盗を計画する安田(田口トモロヲ)だったが、決行直前に顔を隠すマスクを忘れたことに気が付きコンビニへ。しかし、そこには子ども用マスクしか置いてない。さあどうする……時計を見ると14時49分、もうすぐ銀行は閉まってしまう。
切羽詰まった安田はとっさに子ども用マスクを万引き。と思ったら、店員の売れないバンドマンでジャンキーの相沢(ダイアモンド☆ユカイ)に見つかり、執拗に追い回されることに。


ひたすら走り続ける問題作


街を全力で疾走する安田と相沢。ちなみに映画開始17分で走り出し、そのままラスト近くまでただ走り続けるという斬新かつ強引な展開だ。やがて、組長の命をヒットマンから守れなかった小心者のチンピラ武田(堤真一)は、街中でクスリの料金を取り立てていた相沢と激突し、そのあとを追う。
万引き犯安田を狙う、コンビニ店員相沢。さらにそれを追跡するチンピラ武田。この3人の男たちがひたすら走ることにより、映画はなんだかよく分からないグルーヴを生み出し、猛スピードでクライマックスへと向かっていく。

公開当時、田口トモロヲは38歳。すでにバンドブームが終わり、迷走期とも言えるダイアモンド☆ユカイこと田所豊は34歳。まだ世間的には無名だった堤真一は32歳。そしてこれが監督デビュー作となったSABUも、堤と同じ64年生まれの31歳だ。
いわばうだつのあがらない30代男たちが集結して、一発逆転を狙った映画。そのヒリヒリするような切実さと憎めない間抜けさが作品全体から溢れている。

正直、脚本の細部は粗いし、主役3人以外の人物描写も薄い。
それでも、ずっと走ってどんだけ体力あるんだよなんて、真っ当な突っ込みは野暮だろう。これまで現実から目を背け、逃げ続けてきた男たちが、汗まみれでフラフラになりながら、明日へとひた走る。

それぞれの分岐点となった


この映画の公開後、田口トモロヲは「日本一有名なナレーション」へと成り上がり、堤真一はドラマ『やまとなでしこ』で松嶋菜々子の相手役を務め、人気俳優の仲間入り。ダイアモンド☆ユカイはアイドル三浦理恵子と結婚した(01年離婚)。そしてSABU監督も次作の2作目で『ポストマン・ブルース』という傑作を撮り、今なお映画監督として精力的に活動。今年のベルリン国際映画祭で、金熊賞を競う長編コンペティション部門に最新作の『Mr.Long/ミスター・ロン』の出品が決まり、話題となった。

それぞれのキャリアの分岐点とも言える異色作『弾丸ランナー』。劇中のある印象的な台詞が、映画全編を貫くテーマとも言えるだろう。

「走れ武田!てめぇの生き方、見つけて走れ」


『弾丸ランナー』
公開日:1996年11月9日
監督:SABU 出演:田口トモロヲ、ダイアモンド☆ユカイ、堤真一
キネマ懺悔ポイント:79点(100点満点)
堤真一扮するチンピラ役の兄貴分演ずるのは大杉漣。「どう死ぬかじゃねえ。どう生きるかだ」と死生観を語るもあっけなくヒットマンに刺され死亡。登場時間こそ短いものの圧倒的な存在感を放つ。
90年代名作邦画にこの男の姿あり。大杉漣にこそ、90年代の最優秀助演男優賞を捧げたい。
(死亡遊戯)


※イメージ画像はamazonより映画パンフレット 弾丸ランナー SABU・監督 田口トモロヲ 堤真一 DAIAOND・YUKAI 白石ひとみ
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