芸能界の清水富美加さん叩きが、元電通・高橋まつりさん叩きと瓜二つ【勝部元気のウェブ時評】

女優の清水富美加氏が所属していた芸能事務所レプロエンタテインメントを辞めて、宗教団体「幸福の科学」に出家したことが大きな波紋を呼んでいます。名前を知る人も少なくなかった女優が、政治への進出でも知られている宗教団体への出家という形で辞めた点が、ワイドショーでも格好の題材となっているようです。


ブラック体質擁護の芸能ムラにドン引き


現時点では教団側と芸能事務所側で意見が食い違っているところも多く、教団側が指摘したような労働搾取の実態があったか否かの事実は定かではありません。それゆえ、どちらの立場にも賛同を表明することはできませんが、この一件に関する芸能コメンテーターたちのコメントがブラック労働やブラック体質を肯定するような発言ばかりで、あまりに酷いものばかりでした。

・坂上忍氏「(若手の)ギャラなんて微々たるもので、僕らのときもそうだった」(2月13日フジテレビ系『バイキング』)
・宮根誠司氏「そんなにまだお金の価値もわからない子に、ガバッとあげても大変なことになる」(2月13日日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』)
・井上公造氏「この事務所に限った話ではなくて(若手時代に給料が安いのは)どこでもあるような途中過程だと思う」(同上)
・美川憲一氏「許せない。芸能界にはしきたりというものがある」「しんどいのは当たり前。芸能界ですよ」(2月15日フジテレビ系『バイキング』)
・ユージ氏「入ったばかりのこれからどうなるか分からない子にいきなり大量のお金を払う事務所はない」(TBS系『ゴゴスマ~GO GO!Smile!~』)

彼等の主張をサラリーパーソンに置き換えれば、新入社員は営業成績が十分に上がるまで給与5万円で良いということ。しかも一人ではなく異口同音ということからも、業界の広い範囲でブラック思想が蔓延している状況には驚くばかりです。

宮根氏やユージ氏が新人に多額のお金を与えるべきではないという旨の主張をしていますが、話題となっている5万円は誰の目から見ても異常なまでに少ない金額です。それなのに、彼等の主張を真に受ければ、5万円以上ですら渡すのは多額ということでしょうか? その感覚には唖然とするばかりです。


事務所を擁護しようとして事務所を後ろから攻撃している


彼らは出家した清水氏を批判して、迷惑を被った芸能事務所側を擁護しようと考えたのかもしれませんが、冷静になって客観視してみると、彼らの言動はむしろ芸能事務所側を後ろから砲撃するような発言にしか思えないのです。

というのも、芸能事務所レプロエンタテインメントと幸福の科学は、清水富美加氏に対して労働搾取的な事実があったか否かに関して言い争っているはずです。ところが、芸能コメンテーターたちが若いうちは収入がほとんど無いなんて当たり前で、自分たちも耐えてきたという旨の発言をしています。

また、ブルマやスクール水着の「強要」も問題にされている中で、先輩俳優たちが「嫌な仕事もこなすのがプロ」と述べているわけです。つまり、「業界では労働搾取的な事実はあって当然だ」ということであり、それは「事務所側の主張は嘘」だと証言していることと同然だと思うのです。

もちろん事実は分からないので断定はできかねますが、このような発言は「事務所はクロである」という“状況証拠”を先輩芸能人が自らどんどん提出しているようなものです。
実際、レプロエンタテインメントは、過去に女優ののん(能年玲奈)氏、タレントの菊地亜美氏、アイドルユニット『バニラビーンズ』等、報酬の低さが話題になったケースもありました。

これらの様子を傍から見ていると、どちらの側にも肩入れしていない視聴者が「教団側が主張していることのほうが、事実に近いのではないか?」と推論するのも、至極妥当なことのように思うのです。


過労死が無くならない背景にある人権意識の欠如


また、「芸能界のしきたり」と、芸能業界の特殊性を訴える人も多いようですが、それらの意見を聞いていると、労働基準監督署から是正勧告を受けた「エイベックス・グループ・ホールディングス」の松浦勝人社長の「好きで仕事をやっている人は仕事と遊びの境目なんてない。僕らの業界はそういう人の『夢中』から世の中を感動させるものが生まれる。それを否定して欲しくない」という発言を思い出します。

人権という日本国民全てが保障されるべきものを無視して、業界の常識という名の非常識を正々堂々と語る姿には唖然としてしまいましたが、音楽業界だけでなく芸能界においてもそのような悪弊を最高法規のように捉える価値観はやはり存在するようです。

さらに、清水氏を批判する芸能コメンテーターは「契約期間中に投げ出すなんてプロとして無責任だ」という点も強調していますが、そのような発言は、元電通社員で過労により自殺をした高橋まつりさんのニュースが流れた際に、高橋さんに対して批判を展開した人々と言動が非常に近しいと感じました。

たとえば、武蔵野大学の長谷川秀夫教授が「会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂させるという強い意識があれば、残業時間など関係ない」とニュース共有サービス「ニューズピックス」に投稿して炎上するということがありました。批判の矛先にいる人が亡くなったか出家したかの違いはありますが、言っていることはほぼ同じです。
 
教団側によると清水氏は周囲に「死にたいと漏らしていた」と述べており、もしそれが本当ならば、最悪の事態として清水氏が自殺するということも可能性としてはゼロではなかったはずです。人命は仕事で損失が出ることよりも何倍も重いということを、彼らは分かっているのでしょうか? メンタルヘルスに関するあまりの無理解に、自殺大国の一端を見たような気がします。

メンタルヘルスに関する甘い認識が生む自殺


最後に、芸能事務所側の顧問弁護士の発言にも大きな問題があったと感じたので、ピックアップしたいと思います。顧問弁護士は医師からドクターストップを提示する診断書が2通提出されていることに対して、「診断書が正しいものという前提で考えることができない」と述べたようなのですが、何を根拠にこのような発言ができるのでしょうか? それが通用するのであれば、全ての診断書を無効化できてしまいます。

また、彼らは「生命の危険というような健康状態だったとは認識していない」とも発言したとのこと。
これを聞いて真っ先に思い出したのが、2月6日に愛知県一宮市の中学3年生がグランフロント大阪から飛び降り自殺した事件に対する、市の教育委員会の「死を選ぶまでに思い悩んでいたことに気付かなかった」という発表(後に訂正)でした。

両者に言えることは、死を選ぶ状態にあるか否かを専門家ですらない自分たちで判断できるものだと思い込んでいるところです。自殺に対する認識が根本的に間違っています。そのようなメンタルヘルスに関する甘い認識と無理解さが、自殺を考える人たちを突き放し、徐々に追い詰めて行くわけです。

顧問弁護士側は場合によっては損害賠償も辞さない考えとのことですが、診断書を無視するという重大な欠陥があるのにもかかわらず、そんなことを言える神経が信じられません。

芸能界のブラック体質にメスを入れるべき


繰り返しになりますが、真実はどうであったかはまだ分かりませんから、芸能事務所側も教団側もどちらかの立場を擁護するつもりはありません。ただし、芸能コメンテーターたちの発言によって、芸能界に人権無視のブラック体質が蔓延していることは事実だと見なしても間違いないようです。

影響力のある芸能人コメンテーターたちが人権無視の発言を続けることと、日本が自殺大国であるという事実は繋がっている部分があると思うので、喫緊の課題でしょう。是非、教団ではなく、行政・立法・業界団体がメスをしっかりと入れて欲しいと思います。

そして何よりも清水富美加氏が命を絶たなかったことだけは本当に良かったです。
【勝部元気】
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