90年代、『インパクト大な新聞広告を打ち出した企業がいくつもあったが、その先駆けといえるのが「としまえん」である。
バブル前後に花開いた、としまえん新聞広告のキレっぷりを振り返ってみよう。
としまえんの広告1 プール冷えてます
その萌芽は80年代からあった。としまえんの新聞広告が最初に注目を浴びたのが、86年の「プール冷えてます」。博報堂のコピーライター・岡田卓也とアートディレクター・大貫卓也のクリエイティブチームによる作品である。チームはその後、数々の伝説的広告で、読者の度肝を抜いていくこととなる。
としまえんの広告2 史上最低の遊園地
広告業界人なら一度はやってみたい、4月1日のエイプリルフール広告。としまえんは、劇画調の大胆なビジュアルと、細部に至る徹底的な作り込みで、「一発ネタ」を広告史上に残る作品へとブラッシュアップさせた。以下は、その一部のコピーだ。
・楽しくない遊園地の鏡として有名な豊島園は、ことしも絶好調。
・つまらない乗物をたくさん用意して、二度と来ない貴方を心からお待ちしてます。
・サイテー。 おろせ! 金返せー。
・各方面から非難殺到! 異口同音に「情けない!」
・パパー。
・「今日は4月1日です」
80年代、東京ディズニーランドという黒船に押されっぱなしだった国産アミューズメント施設の、自虐を逆手にとった鮮やかな反撃だった。
この90年から、としまえんのオリジナルすぎる広告が花開いていく。
思いつきだけなら、中学生でも思いつくことかもしれない。でも、ここまで退路を断った振り切り方と、これをOKしたとしまえん側の度量、双方が合わさっての奇跡の一作だったといえよう。
としまえんの広告3 としまえんにサンタフェの扉がやってきた!!
「史上最低の~」で一線を越えたとしまえんは、広告界では無敵といっていいポジションに躍り出る。もはや何をやってもOKなムードがあった。
91年、当時人気絶頂だった宮沢りえのヌード写真集「SantaFe」。そのミリオンセラー本の表紙を飾った扉。それがとしまえんにやってきたというだけのことである。扉に意味などない、ただ持ってきたいから持ってきた、その清々しいまでのアホらしさに、世間は衝撃を覚えたのである。
としまえんの広告4 うらやましいぞ!! Jリーグ
「史上最低の~」から間もなくバブルが崩壊、世の浮かれ気分はすぼみ、広告表現もより切実さが求められるようになる。
としまえんが押し出したのは「臆面のなさ」。93年、景気が悪化する中で「祈・景気回復」、さらに、開幕したJリーグの人気にあやかるべく「うらやましいぞ!Jリーグ」という祈りやボヤキを、フライング・パイレーツの垂れ幕で訴えていった。としまえん流、本音の時代の到来である。
その後、00年代に入っても「クール・ミズ」(05年。「クールビズ」のもじり)など、ニヤリとさせられる広告を連発していったとしまえん。いかにアミューズメント業界が苦境に立とうとも、その遊び心が衰えることはないようだ。
(青木ポンチ)