当時21歳の沢尻エリカは、舞台に登場した時点ではやくも腕を組み、露骨な仏頂面全開。「一番思い入れのあるシーンというのは、どのシーンでしょうか?」と司会者が質問すると、「特にないです」と答え、会場に不穏な空気が漂います。

そんな重苦しいムードを察してか、監督の行定勲は撮影現場で沢尻が手作りクッキーを振舞ってくれたという、ほっこりエピソードを披露。それを受けて司会者が「どんな想いでクッキーを焼いたのかだけ、教えていただいていいですか?」と問うと、「別に…」と一蹴。名言誕生の瞬間です。

すかさず司会者が「きっと想いはあったんだと思うんですが、今ちょっと皆さんには、披露したくないのかも知れない…」とフォローに入るのですが、これを冷然と睨み付けました。

後に「あの時代はどこかおかしかった」と語る


当然沢尻は、激しいバッシングに晒されます。しかし、いったい何故、このような態度をとってしまったのでしょうか?

後年、本人が語ったところによると、「あの時代はどこかおかしかった」とのこと。もともとインタビュー嫌いだったのに、約160件もの取材を受けたことで精神的末期状態に。後の番組のインタビューでは、こんなふうにも語っています。

「もういっぱい、いっぱいで。“私はこう”みたいな決められた価値観で生きてきて。それがパンクしたのが理由の一つ」

先日、トレエン斉藤さんの放蕩癖がテレビで紹介され話題となりましたが、彼の散財は365日休みゼロという多忙さからくる、ストレス発散目的なのだとか。