厳密には「プロレス」を「スポーツ・エンターテインメント」、「プロレスラー」を「スーパースター」と定義付ける究極のエンターテインメント団体だ。
個性豊かなキャラクターが織り成すのは、海外ドラマさながらの起伏の激しいストーリー。過激な闘いを通して、複雑な人間模様や感情をショーアップして観客に「魅せる」のがWWEの真骨頂だ。
トランプ大統領就任時には、過去にリングに上がったことが話題となったのは記憶に新しいところ。政治ネタや人種差別など、タブー視されがちな問題もショーアップする形で闘いのテーマにしてしまうのである。
しかし、その方法論が通じず、世間の反感を買ってしまった出来事があった。
テーマとなったのは「湾岸戦争」。
クウェートに侵攻したサダム・フセイン率いるイラクに対し、アメリカ率いる多国籍軍が宣戦布告する形で始まった戦争である。
アメリカvsイラクの戦争をリング上で再現!?
その湾岸戦争がリアルタイムで行われていた時期に、そのストーリーをWWF(当時)はリングに持ち込んだ。要は、イラク軍団vsアメリカ軍団の全面抗争を売りにしたのである。
決着の舞台は、91年3月24日に開催された最大のイベント「レッスルマニア7」。アメリカのヒーローがイラクのチャンピオンに挑む図式で頂上決戦が行われている。
ヒーローは「リアル・アメリカン」ハルク・ホーガン。映画『ロッキー3』を始め、数多くの映画にも出演したプロレスの枠を超えたスーパースターだ。
初代タイガーマスク人気が社会現象となっていた80年代初頭に日本でも活躍。2m、140kgの引き締まった肉体が生み出すパワーを武器に、アントニオ猪木をも圧倒。猪木を必殺の「アックスボンバー」で失神KOに追い込んだことでも有名だ。また、漫画『キン肉マン』に登場する「ネプチューンマン」のモデルとしてもお馴染みである。
対するイラク側のヒール(悪役)は、「サダム・フセインに魂を売った元米国軍人」サージェント・スローター。元々、愛国心の塊のようなキャラクターだったが、フセインモチーフのレスラーに洗脳されたことでイラク側に付いたという設定である。
反イラク感情を一身に受ける大ヒールが誕生!
この時点でもかなり危険なにおいがするが、実際、このスローターが世界王者となったのは、1991年1月19日のこと。米軍を中心とした多国籍軍がイラクへの爆撃を開始した「砂漠の嵐作戦」を開始した2日後となる。
WWF(当時)は、戦争の状況に合わせてアメリカ国民のヒートを買う大ヒールを誕生させたのだ。
イラク側のヒールキャラとなったスローターは、フセインからリングシューズをもらったとウソぶき、リング上ではイラク国旗を振り回した。さらに「アメリカの愛国心の象徴」星条旗を燃やすなど、大一番に向けて観客の憎悪を一身に受け続けた。
一方、「正義の味方」のホーガンは、米軍基地を慰問するプロモーションで愛国心をアピールし、観客の期待をあおったのだが……。
実際の戦争に合わせたストーリー展開、アメリカ国民もブーイング
湾岸戦争は「史上初めてテレビで生中継された戦争」であり、約70万人の米兵が中東に送られたとされている。
ファンタジーの世界とはいえ、許容できるパロディ、オマージュではなかったのだろう。こういったストーリー展開に対し、WWF(当時)には500本近い抗議の電話があったという。
テレビ、新聞などのメディアからも非難が集中。アメリカvsイラクの決着の場である「レッスルマニア7」の1ヶ月前に行われたテレビ視聴者アンケートでは、プロレスが「視聴者が嫌いなスポーツ」1位となってしまったそうだ。
また、当初は10万人規模の大会場が予定されていたが、前売りチケットの売れ行きが伸びず、またテロの危険も配慮し、最終的に1万6千人収容の会場に変更となっている。
やはり、リアルタイムの戦争をモチーフにした代償は大きかったようだ。
「レッスルマニア7」では、大歓声の中入場したホーガンが稀代の大ヒールを全うしたスローターを「成敗」。スローターはようやくヒールキャラクターから開放され、元の愛国者キャラに戻っている。
テロや暴動にならなくて、本当によかった!
※イメージ画像はamazonよりWWEハルク・ホーガン アンリリースド [DVD]