「とことんなまでにお下劣で下品」。日常生活でこんな言葉をかけられるとただの罵詈雑言だが、それがギャグ漫画となると一転、最高の褒め言葉のように思える。
『行け!稲中卓球部』(古谷実)はまさにそんな言葉がぴったりの、日本を代表するギャグ漫画のひとつといえるだろう。

90年代だからこそ許されたお下劣さ、下品さ


90年代だから許された下品さ 「行け!稲中卓球部」は最高のギャグ漫画だった 

『行け!稲中卓球部』は1993年から96年まで週刊ヤングマガジン(講談社)において連載されたギャグ漫画。稲中男子卓球部員6名を中心に、その周辺における日常が描かれている。主人公前野に井沢ひろみ、田中を加えた問題児3名はとくに強烈な個性の持ち主たちで、基本的に彼ら3名を中心に物語が展開していくケースが多かった。

今の現実世界だと確実に“陰キャ”と呼ばれるであろう中学生の彼らだが、その性格は底抜けに明るかった。時に話の流れから後先考えずに自然に陰部を晒したり、触らせたり触ったりといったお下劣さ、無鉄砲さは、あくまでバカバカしく笑えるものだった。

また、時に発せられる「死ね」だの「ブス」だのといった辛辣な言葉の数々ですら、嫌味のない笑いに昇華されていた。
感情の赴くまま発言する姿は下品でもあるが、思春期という難しい時期に多くの男女が抑えざるを得なかったものであり、不思議な共感を生んだのかもしれない。

少年誌より若干上の年齢層向けである青年誌での連載だったということも大きいだろう。いずれにせよ、時代が時代ならいじめを助長するなどと世間に叩かれていたことは必至。そう考えると、それが許された90年代に『行け!稲中卓球部』が生まれたことは非常に幸せなことだった。

「死ね死ね団」日本を飛び越えて海外でも活躍


主人公前野と、前野の親友2名で結成された「ラブコメ死ね死ね団」という軍団がある。劇中では、100円投入で動作する移動式動物型乗り物「パンダ1号」にまたがって現れる、カップル撲滅軍団だ。
連載当時、筆者の周辺にはこの軍団の行動に共感して「死ね死ね団」を結成し、カップル撲滅に精を出した輩が多かった。おそらくこのような現象は日本全国で勃発していたと思われる。

驚くべきことに、「死ね死ね団」は全国区どころの話ではなかった。2006年、台湾でも稲中に影響を受けたというモテない若者たちによって「情侶去死去死団」(カップル死ね死ね団)という集団が現れたのだ。カップル破壊を目的に、バレンタインデーにデートスポットでカップルにちょっかいを出して憂さ晴らしするという行動が話題となった。ちょっかいを出すといっても暴力的で犯罪じみたものではなく、バレンタインデー当日に映画館の奇数番号席だけを買い占めて完売にし、カップルを並びで座らせないといった妨害工作であり、実際に中国経済網でニュースとして取り上げられた。


この活動は中国ネットコミュニティなどで見られるKUSO文化(KUSOは日本のクソゲーが由来)と呼ばれるもので、台湾のほか上海などでも同様の動きが見られた。もちろん、漫画のように本当にカップル撲滅を目的としているものではないジョークだ。近年はその活動に関する報道、報告等は見られないが、筆者は毎年こっそりと「死ね死ね団」の活躍を期待している。

稲中卓球部は、思春期男女の抱える悩みをあえて同じ思春期男女が下品でお下劣な笑いにすることで、心地よさを提供してくれていたものだった。

(空閑叉京/HEW)