ショルダーフォンからPHS、液晶画面付き携帯、第3世代(3G)携帯電話、そしてスマホへ……。

これまで多様な進歩を続けてきた携帯型通信機器。
なかでもモバイル通信の歴史において、異彩を放つ過去の遺物といえば、「ポケベル」でしょう。

ポケベルことポケットベルは、完全受信型の通信端末。日本では、1968年に日本電信電話公社よりサービスが開始し、80年代後半から通信速度の高速化・低料金化が進み、利用者数が拡大。
90年代に入ると、女子高生を中心に一大ブームとなり、数字を使った語呂合わせでメッセージを送るという暗号のような言葉遊びが流行します。

若者の間でブームになったポケベル


たとえば、「0833=おやすみ」「114106=あいしてる」などの基本的なものから、「999=サンキュー」、果ては、「-015=ボウリング行こ」まで(「-0」はボウリングを意味)。

今の常識から考えると、なんとも不便。けれども、手紙と固定・公衆電話しか連絡手段がなく、好きな子の家に電話しようにも、親御さんが出たらどうしよう……などとビクビクしなければならなかった時代。
当時の若者にとって、気軽に持ち歩けていつでも連絡を受けられるポケベルが、いかに画期的なものだったのかは、想像に難くないというものでしょう。

そんなポケベルが隆盛を誇っていた90年代前半。一つの象徴的なメディアコンテンツがつくられて、大きな話題を呼びました。それが本稿で紹介する『ポケベルが鳴らなくて』です。

ドラマは流行らなかったが、曲は大ヒット


『ポケベルが鳴らなくて』は連続ドラマとその主題歌。ドラマでは企画担当として、曲では作詞担当として、秋元康が携わっており、いずれも1993年に製作されました。

ドラマの方は、日本テレビ系列で土曜21時台に放送。
妻子あるサラリーマン役の緒形拳が、海外出張中に知り合った29歳下の旅行代理店社員・裕木奈江と不倫関係になり、そこから家族関係が破綻していくという、昼ドラライクなドロドロ系愛憎劇です。

道ならぬ恋に揺れる2人をつなぐツールとしてポケベルが活躍する同作でしたが、視聴率は平均で12.1%、最終回で13.4%と振るわず。
けれども、楽曲の方は70万枚を売り上げる大ヒットとなり、歌い手をつとめた国武万里(くにたけまり)は、同年に日本レコード大賞新人賞を受賞しました。

1996年以降、急速に下火になっていったポケベル


実際、作詞:秋元康×作曲:後藤次利という「おにゃん子コンビ」によってつくられたこの曲は、一度聴いたら耳から離れない良曲。

「ポケベルが鳴らなくて 恋が待ちぼうけしてる」「早く 私、呼び出して…」など、ポケベル流行期ならではの歌詞が、なんとも時代を感じさせます。現代版にリメイクするとしたら、「既読がつかなくて」といったところでしょうか。

この『ポケベルが鳴らなくて』だけに限らず、90年代前半のドラマや漫画などでは、度々ポケベルが若者文化の象徴として登場していたものの、1996年以降、急速にその流行は衰退していきます。
理由は携帯電話・PHSの利用料金が低下して、若年層でも所有しやすくなったからに他なりません。一方向型のポケベルが、通話・メールによる双方向コミュニケーションが可能な携帯電話・PHSに、敵うはずなかったのです。

ちなみに国武万里は、1993年のブレイク以降も歌手活動を続けるのですが、やはり、『ポケベルが鳴らなくて』ほどのインパクトは残せず。そして、もうポケベルをつかう人など誰もいなくなった2000年には、ヌード写真集を発売しました。

その事実になんとなく、一つの時代が終わった黄昏を感じた人も多かったのではないでしょうか。

(こじへい)
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