セクシー演出なし!宮崎県日向市のPR動画は「あるべき姿」なのか

CMやPR動画の炎上が続く中で、宮崎県日向市のPR動画『Net surfer becomes Real surfer』が絶賛されている。ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ、以下ポリコレ)の観点から好意的な声が寄せられている一方で、「オタク差別ではないか」「ルッキズム(容姿への差別)的な表現だ」という批判もあり、人によって感想は大きく異なるようだ。



海が舞台でもセクシー演出なし


宮崎県日向市のサーフタウンとしての魅力をPRする動画『Net surfer becomes Real surfer』は、ネットサーファーの青年が本物のサーファーになっていくまでの物語。なんと撮影期間は2カ月半に及び、主人公役の役者はサーフィンの練習を通して99.8kgの体重が82kgにまで減ったそうだ。

昨年11月末にYouTubeに投稿された同動画が今再び注目されているのは、多くのCMが炎上する中で、Twitter上を中心に、ポリコレの観点から話題になったから。海が題材ではあるものの、同動画にセクシーな水着美女のような安易な性的表現は登場しない。1人の若者がサーフィンに出会い、街の人々たちと触れ合い、人間的に成長していく姿を爽やかに描いている。

Twitter上では同動画を「素晴らしい」と称賛する声が相次いだ。また、若年層への性教育を訴える弁護士・太田啓子氏は、「これだよ観光地PR動画のあるべき姿は。宮城県見習って。性的隠喩を使わないでどれだけ素敵な観光地PRができるか」とツイートしている。

肥満体型に海は似合わない?


しかし、同動画には「オタク差別」や「ルッキズム的」といった批判も寄せられている。問題視されているのは、主人公の体形の変化だ。肥満体型でいかにも内気そうな主人公が初めて海にやって来て、現地のサーファーから「海、似合ってないね」と言われてしまう。しかし、サーフィンをするうちに引き締まった体つきへと変わり、最後は「海、似合ってきたね」と言われる。この一連の流れが、インドア派がアウトドア派になることや、肥満体型から痩せることを称賛しているように見えるというのだ。

だが、同動画は単純に「痩せたアウトドア派=善、太ったインドア派=悪」という価値観を押し出しているわけではないという反論もある。注目したいのは、主人公は、サーフィンの楽しさに目覚めても別にネットサーフィンを止めるわけではない点だ。日中はサーフィンを楽しみ、夜はネット仲間と変わらず交流している。これがサーフィンを始めたことでインドアな趣味は捨てるというストーリーだったら「オタク差別」と言われても仕方ないだろうが、主人公はネットサーフィンという元々の趣味に加えて、新たにサーフィンという趣味“も”獲得したという流れなのだ。

「海、似合ってきたね」というセリフも単純に体型の変化だけを指したものなのか? 海を楽しめるようになった気持ちなど、さまざまな意味合いを含めての言葉ではないかと指摘されている。

とはいえ、メガネに猫背、肥満体型という序盤の主人公のビジュアルが、“オタク”のステレオタイプを踏襲していることは間違いないだろう。インドアな趣味もアウトドアな趣味も平等に楽しむ若者の姿は、非常に現代らしく、好ましい表現ではあるが……。


「ポリコレ的に正しい」と断言できる表現はない?


批判に対してさらなる反論が起こり、同動画をめぐる議論が盛り上がっている。しかし、重要なのは、「この動画はポリコレ的に正しいか? 否か?」という問題に決着をつけることではなく、ポリコレはさまざまな“正しさ”を総称したものに過ぎないと再認識することではないだろうか?

大雑把にポリコレというものを説明すると、「差別的でない」ということになる。しかし、“差別的”と一口に言っても、性差別、人種差別、容姿差別……とさまざまな差別が存在するのだ。性差別という意味ではまったく問題ないが、人種差別という意味ではアウトな表現とは充分にありえる。

筆者はけっして「全方位を不快にさせない表現など不可能なのだから、ポリコレに配慮するだけ無駄」ということを主張したいのではない。差別的でない表現というものを模索する上で必然的にぶち当たる壁として、この難しさをとらえていきたい。

つまり、宮崎県日向市のPR動画について、“ポリコレ的に問題がある”派と“問題はない”派で対立し合っても仕方ないように思える。セクシーな演出がないという点では絶賛されたし、多くのPR動画やCMが炎上している中で非常に意義深い作品だ。しかし、オタクへの偏見を感じて不快感を覚えた層もいた。その事実と共に、「では、どうすればベターな表現になりえるのか?」についてアイデアを出し合うべき場面ではないだろうか。
(HEW)
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