
今年6月、乳がんとの闘病の末他界した元キャスター・小林麻央さん。今、こうした有名人の乳がん症例の影響から、自治体の検診会場や婦人科系クリニックに多くの女性が検診に訪れている。
だが、そんな婦人科系のがんの中で意外と知られていないのが、女性ホルモンを分泌し、排卵を行う臓器「卵巣」にできる「卵巣がん」だ。国立がん研究センターによれば、乳がんにかかる女性は11人に1人であるのに対して卵巣がんは84人に1人。一見少ないように思えるが、女性専用車両がほぼ満員だった場合、その中の1人は卵巣がんということになる。乳がん同様、決して安心できない病気なのである。
そこで今回は、実際に卵巣がんが発覚し、卵巣と子宮を全摘、現在は抗がん剤治療中という都内在住の女性Aさんにインタビューを試みた。実体験を通して、女性はもちろん男性にも卵巣がんについて知ってほしいというAさん。彼女が今も抱える3つの「後悔」をテーマにまとめてみた。
まずは1つめの後悔から。
1.「最初にセカンド・オピニオンを受けておけば……」
Aさんは43歳。既婚で、子どもはいないという。もともとは介護の仕事をしていたが、今回の病気で休職中。復職に向けて日々を過ごしている。
まずはそんなAさんが卵巣がんになるまでの経緯を簡単におさらいしておこう。
「14年前の29歳に“皮様のう腫”ができたんです。ただその時は結婚直前。年齢も若かったため子どもが望めるよう全摘しない形で手術。のう腫は治り、以後は普通に生活していましたが、子どもにはなかなか恵まれることはありませんでした。ちなみに生理痛は昔からひどかったのですが、『自分は痛みに弱いだけなんだ』と自分に言い聞かせて我慢してきました」
そして去年42歳のとき、14年前に味わった以来の激しい痛みに襲われ、病院を受診。診断名は若いときとは違う“チョコレートのう腫”というものだった。
ただその“チョコレートのう腫”は良性であること、また患部が、手術のボーダーラインギリギリの6センチの大きさという理由に加え、当時の主治医からは「まだ42歳ですし、もし今後妊娠を望んだときのことを考えて手術は閉経後にしましょう」と強く言われたという。
だがその1年後、悪性腫瘍が卵巣にできていることがわかり、全摘することとなった。
「もし1年前のチョコレートのう腫のときに摘出しておけば『がん化』もせず、摘出手術による大きな傷が残ることも、その後、抗がん剤治療することも、また仕事も休職することもなかったのではないかと個人的には思っています。私もその時の主治医の先生の指示に従うしかなかったのですが、セカンド・オピニオンを受診しておけば、別の見立てもしてもらえたのではないかと思っています」
・ホルモン注射で体重80キロに さらにそれから55キロに激減
話を続けよう。その後1か月1万円かかるホルモン注射を打つことで、重かった生理痛もおさまったものの、副作用のためにどんどん太り、70キロほどだった体重は夏には80キロに増えた。
だが、秋に入るとなぜか体重が逆に減り、Aさんは「うれしい」と思うようになった半面、どこかで「おかしいな」と違和感を覚えていた。さらにもともと食べる事が大好きだったのが、今年の正月ごろからおにぎり1つ買ってもその封を切ることさえつらく思えるほど食欲がなくなってしまったという。
80キロだった体重はいつしか55キロにまで激減していた。
「3月のことでした。横に寝そべったとき、“チョコレートのう腫”と診断された左脇の下腹部が大きく腫れて固くなっていることに気づいたんです。でも去年、医師から『良性であり、すぐに摘出するものではない』と強い口調で何度も言われていたので、医師のもとを訪ねるのをためらいましたが、体重減少と体力低下があまりにも著しいため、怒られることを覚悟しながら翌4月に病院へ。
そこでエコー検査を受けると、ホルモン注射で3センチ程まで小さくなっているはずの腫瘍は10センチを超えていました。そして『良性の可能性は低い』と言われたんです」
・卵巣がんは取ってみないとわからない
その後、左卵巣の全摘手術を受けることに。結果、切除した卵巣は悪性であることがわかった。
ここで知っておかなければならないのが、例えば乳がんや肺がんなど多くのがんは、疑わしい部位に針で刺して検体を取れば「がん」と診断できる。一方、卵巣がんは手術をして摘出するまでは「がん」と確定診断ができないということだ。それだけ気づきにくい部分ということを意味している。
2.卵巣を取ったとき「もう子どもはできないんだ」
Aさんのご主人は長男。そこで代を絶やさないために子どもを産むことが求められた。だが一向に妊娠の報告がないことから親戚からは「子どもはいつできるの?」と何度も急かされては傷ついたという。そんな周囲の軋轢に耐えられず、またつらい生理痛から逃れたいということもあり、今回の病気を機に早く卵巣を取ってしまいたいという思いに駆られていた。
だが術後、全摘したことを聞かされたAさんは、「ああ、二度と我が子を抱くことはできないんだ」と涙し、「不妊治療など、もっと夫婦生活についてきちんと向き合っておけば」と後悔したという。
卵巣がんは全摘することが状況によっては求められるケースが多いため、それはつまり子どもを望めないことにつながる。もしパートナーが子どもを産みたいという希望があるのなら、いつまでに子どもを産むかなど話し合って決めておいたほうが良いだろう。
・不安と安どの日々
Aさんがかかった卵巣がんは、「明細胞腺(めいさいぼうせん)がん」と言って、がん細胞が明るく光ることが特徴。さらに一般的に抗がん剤の効き目も低いと言われ、再発する可能性も高いとされる。ただ、東京・有明にある「公益財団法人がん研究会 有明病院」によると、初期のステージ「1a期」では抗がん剤治療を施行しなくても再発例や死亡例がないことから、術後そうした化学療法を省略できる可能性があるという見解を示している。Aさんもそれを知ってからは、抗がん剤治療を続けながらも、完治することを信じ、前向きに過ごしている。
現在Aさんは自宅療養を続けているが、7月から月に1回、2泊3日の入院で抗がん剤治療を受けている。2種類の抗がん剤を朝から10時間半かけて投与するのだという。この生活が年末まで続く。
副作用も少なからずある。Aさんの場合は幸いなことに脱毛、また体力的な疲れくらいで、今はむしろ食欲も旺盛だという。ただ発熱など不調をきたすことも少なくなく、気分の落ち込みもあるという。
・婦人科系悪性腫瘍は乳がんだけではない
卵巣がんにかかってから、この病気の認知度の低さを痛感するというAさん。
脱毛した頭皮をカバーする医療用ウィッグをあるメーカーに作ってもらいに行った時も、そのスタッフから「乳がんなんですか?」と聞かれたという。
また、乳がん患者にはオシャレなブラジャーなどケアグッズが豊富だが、卵巣がん患者にはそういったものがないという。
「お腹を開く手術をしたので、お腹を締める腹帯(ふくたい)もオシャレなものがあればいいのですが」
また、術後体調などを記録する手帳も、乳がん患者用のものはあるが、卵巣がんのものはないという。
「BCノートといって、ブレスト・キャンサー、つまり乳がんの患者のためのものは売られているんです。中身には例えば、しこりの大きさを記入する欄ですとか、手術した部位を書き込める乳房のイラストが載っていたりする。仕方がないのでそれをうまく代用してします」
また、自治体にもよるが、無料で受けられる婦人科検診は主に乳がん・子宮頸がん・子宮体がんの検査。卵巣がんの検査は自らクリニックに出向かないと受けられない。ここにも、卵巣がんの発見が遅れてしまう要因がありそうだ。
3.「がん家系じゃないから」という母の言葉をうのみにしていた
もともとAさんは、母親から「うちはがん家系じゃないから」と言われていたため、がん保険に入っていなかった。だが今回の病気にかかったことで、遺伝に関係なく保険に加入する必要性を実感したという。「慌てて入ろうとしても遅いんです。がんにかかってしまった人は、がんが完治したり、治療を受けた最後の日から、5年以上経過している場合に申し込める保険がありますが、私もそれを待たなければいけません」
・もしあなたのパートナーが卵巣がんになったら
卵巣がんは「沈黙の病気」といわれ、発見したときはかなり進行しているとも言われている。それはもちろん一般論であり、進行性でも治癒に向かうこともあるだろう。
がんになり、戸惑いと不安は尽きないが、そうした周りの情報に踊らされすぎないことも大事だとAさんは語る。
さらに医師の診断は、多くの症例を診てきているがゆえの的確さもあるが、それも100%確実かと言われればそうではない。そんなとき支えになるのが、Aさんにとっては夫だという。
「母はすでに他界しました。また父は高齢のため頼ることもできない。甘えられるのは私には夫しかいないんだと思います。でもそんな夫から『大丈夫だよ』とか『元気になれるよ』『検査を受けたほうが良いよ』と言われても、
素直に受け止められないんです。本当は一番ありがたいと思っているのですが」
いずれにしても病気と闘うことを「マイナス」と思わず、むしろ突破していく明るさを持ち、もし幸いなことにパートナーがいるのであれば、一緒に落ち込んでしまうのではなく、ともに治していくという気持ちが大事なのかもしれない。