先日、かねてより話題になっていた又吉直樹原作・板尾創路監督の実写映画『火花』における主題歌が、ビートたけし作詞・作曲の楽曲『浅草キッド』であると発表されました。
歌うのは主演をつとめる桐谷健太&菅田将暉。
たしかに、歌は上手でビジュアルも文句なし。しかし、あの甲高くてかすれ声の“本家”バージョンを聞いてしまうと、やはり『浅草キッド』はたけしが歌うためだけにこの世に存在する歌なのだと思わずにはいられません。
幻の相方「ハーキー」との思い出を歌った歌
『浅草キッド』で歌われているのは、たけしの下積み時代の思い出。それゆえ、本人が歌うとこれ以上ないほど説得力があり、曲の世界観へ引き込まれるのです。
お前と会った仲見世の
こんな一節から始まる『浅草キッド』。「お前」とは、ツービートの片割れ・ビートきよしではありません。
たけしが最初にコンビを組んだ幻の相方・春木こと、通称「ハーキー」氏を指しています。
浅草フランス座で出会った二人
1972年(昭和47年)の夏。明治大学工学部を中退したたけしは、定職には就かず、無為の日々を過ごしていました。学生時代の仲間たちはサラリーマンへ転身。
彼らを横目に見ながら、たけしは葛藤します。果たして自分は何をすべきなのだろうか、一生かけてやる仕事などこの世に存在するのだろうか、と。
そんなある日、まるで天啓のように「芸人になろう」と思いついたたけしは、一路、浅草へ。
昭和40年代の浅草といえば、芸と艶で賑わう一大歓楽街。特に興行街として名高い「六区」は、芸人を志す若者にとって聖地のような場所でした。
その六区の中でも、渥美清や東八郎、萩本欽一を輩出したフランス座は名門中の名門。
たけしはフランス座の門を叩き、コメディアン・深見千三郎に弟子入り。その同門の弟子としていたのが、ハーキーだったのです。
ストリップの幕間で一緒にコントをやった
「深見のおとっつあん」と呼んで敬愛していた師匠からしごかれる日々の中、たけしとハーキーは戦友ともいえる間柄になり、親しくなっていきます。
それに2人は感性がそっくりで、ものすごくウマが合ったそうです。ほどなくしてたけしとハーキーはコンビを結成。ストリップの幕間でコントを披露したりしていたといいます。
同じ背広を 初めて買って
同じ形の ちょうたい作り
歌の中にあるフレーズからは、これから芸人としてハーキーと共に歩んでいくたけしの高揚感が伝わってくるようです。
病室でたけしに「夢はすてた」と言ったハーキー
しかし、コンビはすぐに解散。理由は、ハーキーがたけしの圧倒的な才能を前に、完膚なきまでに打ちのめされてしまったためです。
その後、ハーキーは体調を崩して入院し、見舞いに来たたけしへ「夢はすてた」と吐き捨てるように言い放ったのだとか。
夢はすてたと言わないで
他に道なき2人なのに
この『浅草キッド』ラストのフレーズには、たけしの寂しさ・切なさが込められているようで、胸に刺さります。
このように、たけしとハーキーの青春の始まりと終わりを描いている『浅草キッド』。
1992年に小説化、2002年には芸人の浅草キッド主演で映画化され、そして今回話題作の主題歌にも起用されたのは、それだけ時代を超えて人を惹きつける魅力があるからでしょう。
その魅力の根源となっているのは、紛れもなくたけし本人の上手い下手を超越した歌唱。菅田将暉&桐谷健太バージョンしか知らない方には、ぜひ一度、聴いてみてもらいたいものです。
(こじへい)
※文中の画像はamazonより浅草キッド