東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
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国土交通省関東地方整備局は8月に、「社会経済の壊滅的な被害の回避に向けた取組み」について発表した。
近年、1時間雨量が50mmを上回る豪雨が全国的に増加している。
同発表によれば、東京で最大クラスの洪水が発生した場合、約98平方kmが浸水、約126万人に影響がおよぶと想定されている。

大企業は、浸水、水害などのリスクの認識が高く、BCP(事業継続活動)も対策済みだが、課題は中小企業。中小企業はバックアップ機能もなく、水害リスクの認識も低く、大規模な浸水、水害に見舞われた場合、事業が継続できない可能性もある。
中小企業が災害後、どのように事業を再開し、スムーズに継続すべきかを、国土交通省 関東地方整備局河川部水災害予報センターの石鉢盛一朗センター長と阪本敦士課長補佐に話をうかがった。
東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
国土交通省 関東地方整備局河川部水災害予報センターの石鉢盛一朗センター長(左)と阪本敦士課長補佐


荒川決壊で交通機関やライフラインに影響も


――荒川がどこで決壊し、どのような被害を及ぼすかの想定からうかがいます。
阪本敦士(以下、阪本) 関東では鬼怒川が2年前に決壊し、今後このようなケースは十分起りえることを知ってほしいです。2016年5月末に荒川について洪水浸水想定区域図を発表しました。荒川堤防のどこが決壊するかはその時の状況によって変化しますが、今回、河口から21kmさかのぼった関東地方整備局 荒川下流河川事務所近辺の堤防で決壊すると想定しました。
荒川右岸21km付近の堤防が決壊した場合、浸水の深さは最大約5mに達し、戸建ての2階建て付近まで到達します。荒川下流の荒川区、中央区、台東区に大きな被害を及ぼすでしょう。図で最も濃い青は5m以上の浸水深を示しています。
氾濫がどれだけ続くかという図も公表しており、最も濃い紫色で示していますが、ほとんどの区域は2週間以上も、浸水深さ50cm以上浸水する被害を余儀なくされます。当然、車の往来も含め、食料や水の供給も困難になります。

東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
荒川氾濫時の被害想定(浸水深) 出典:国土交通省 関東地方整備局「社会経済の壊滅的な被害の回避」に向けた取り組み
東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
荒川氾濫時の被害想定(浸水継続時間) 出典:国土交通省 関東地方整備局「社会経済の壊滅的な被害の回避」に向けた取り組み

――電力、ガスなどのライフラインはどのような支障を来たすと想定していますか。
阪本 電力の供給がストップし、幅広い範囲で停電すると想定しており、浸水範囲の外側でも停電する可能性があります。電力では、東京都13区、埼玉県10市1町で停電が発生し、最大約111万軒に停電被害の発生が想定されます。
都市ガスでは、東京都・埼玉県で最大約49万件に支障が生じ、ガスの供給ができなくなると想定されます。

――交通機関などの社会インフラはいかがですか。
阪本 鉄道の関係ですが、JR路線では22路線、JR以外の路線では3路線、地下鉄では17路線、100駅、延長161kmで浸水が想定されます。また、堤防決壊後12時間後には大手町駅などの都心部の地下駅も浸水されると想定されます。

東京の中小企業の4社に1社が水害対策せず


荒川が決壊した場合の影響範囲は想像以上だ。
荒川氾濫の可能性はどのくらいの雨が降った場合を想定しているのだろうか。

石鉢 盛一朗(以下、石鉢) 荒川氾濫の可能性はありえます。もし、荒川で3日間にわたり500mmの降雨があった場合、大規模な氾濫がおきると想定しています。実はこれは2年前に鬼怒川が決壊した時、上流での降雨量と同量です。荒川の堤防は高いですが、異常な降雨に見舞われた場合、決壊する可能性があるということです。

それに荒川は、1947年9月に「カスリーン台風」で埼玉県熊谷市において決壊した前例もあり、利根川の決壊の濁流とあわせて大きな被害を及ぼしたこともあります。

――このような水害に対しての大企業と中小企業の認識はいかがですか。
阪本 個別の企業名は明かせませんが、各業界にヒアリングを行った結果、地震のBCPを水害にも準用するなど多くの大企業は対策済みです。課題は中小企業です。
中小企業に関しては、東京商工会議所が2016年5月にとりまとめた「会員企業の防災対策に関するアンケート調査結果」から企業の水害リスク認識状況を把握できました。
「荒川右岸低地氾濫の被害想定の認知度」の質問では、「内容を詳しく知っている」が3.5%、「内容をおおむね知っている」が24.5%で認知度は28%と低い数字です。逆に残りの約70%は知らないと言うことで残念な結果です。
事前対策に対しては、「特に何もしていない」が26%、「BCPを策定している」が25.9%、残りの約74%がBCPを策定していないのです。従業員の数が少ないほどBCP策定率は低下します。中小企業では浸水リスクの認識度は低く、4社に1社は水害対策を未実施という結果です。
東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
出典:東京商工会議所「会員企業の防災対策に関するアンケート 2016年調査結果」


いち早く事業再開するために中小企業がすべきこと


――対策をしていない企業は具体的にどうすべきとお考えですか。
石鉢 まず、どれだけの浸水、水害リスクが自社の地域に潜んでいるかを洪水浸水想定区域図や自治体が公表している洪水ハザードマップをもとに検討していくことからスタートしてほしいです。

特に、長期停電、断水、孤立者の大量発生など水害時に特有の事象に対応するためのBCPを各社で検討しなくてはなりません。
飲料水や使い捨てトイレなどの備蓄の強化や、自社ビルですと、建物内の電気設備の耐水化などの促進のほか、非常用発電機の燃料備蓄の強化などを備えることも必要です。
このほか通常の道路は遮断されるおそれもありますので、迂回ルートを探す作業もあります。
中小企業の日々の仕事は大変多忙なのは理解しております。しかし、事前に「誰が」「なにを」「どのように」行うかを決めるだけでもずいぶん違います。中小企業であれば社長決裁が必要なケースも多いですが、社長が遠方で連絡が取れないケースはどうすべきかも考えた方がいいです。
浸水、水害リスクは地震と異なり、前もって降雨情報が入手可能で、ぜひ、事前にBCP対応を行い、いち早く事業再開を目指して欲しいと考えています。

阪本 内閣府が作成した「BCP取組み事例集」のなかに下町の工場では、浸水、水害により、生産がストップすることもありえます。そこで自社と離れた地方の中小企業と業務提携し、生産をお願いする事例があります。このほか、事務所や工場が水に浸からないように土嚢や止水板を使用するケースもあります。
東京に最大クラスの洪水で約126万人に被害予想 中小企業がすべき水害対策とは
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――今後の方針としては中小企業にどのように水害リスク対策の普及をはかっていかれますか。
石鉢 まず関東地方整備局としては、BCP(水害対策編)の策定促進のため、中小企業向けの策定に向けワークシートの作成をすすめているところです。

東京商工会議所北支部では、「小規模企業のための身の丈BCP 水害対策編」というパンフレットを作成しています。同支部では水害リスクに関する情報収集につとめており、国土交通省関東地方整備局としては、東京商工会議所のこうした先進的な取組みと協業し、ネットワークを活用し、説明会を行いたいと考えています。各社ともBCP策定を行っていただき、将来的な浸水、水害が仮に起っても早期に事業を再開できる体制を整えてほしいです。
――ありがとうございました。
(長井雄一朗)
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