先日の『マツコの知らない世界』で取り上げられた「マンガ飯の世界」。
番組では、グルメ漫画界のパイオニアであるビッグ錠先生をゲストに迎え、先生の代表作『包丁人味平』の「ブラックカレー」と『スーパーくいしん坊』の「火の玉チャーハン」の再現にチャレンジ。
結果はともかく、その突き抜けた発想に驚いた方も多かったはずだ。

ビッグ錠先生のグルメ漫画といえば、もうひとつ覚えておいていただきたい傑作がある。
その名は『一本包丁満太郎』。
OVAになっていたりもするが一般的認知はイマイチ。この機会に、そのディープな魅力を感じていただきたい。

あの『味っ子』よりも早く、そして長かった連載期間


『一本包丁満太郎』の掲載誌は、今は亡きビジネスジャンプ。
85年の創刊号から96年10号まで10年以上に渡って同誌を支えた看板作品となる。
一大旋風を巻き起こした『ミスター味っ子』(記事はこちら)よりも早く始まり、そしてはるかに長い連載期間なのだが、再評価される機会に恵まれず、またネットで論じられることも非常に少ない不遇の作品でもある。

コミックス全33巻の大作だが、かなり前に絶版状態。03年~05年にかけて、いわゆるコンビニコミックスで発売されたが、描きおろしの満太郎の表情がどれもこれも微妙。
極太のタッチで荒々しく描かれた料理の数々が正直美味しさを誘わないのは、ビッグ錠作品ではいつものことだが、これらの表紙はあまりにムゴすぎ。

勝手に再評価! 料理バトル漫画『一本包丁満太郎』の魅力とは?
見る者を不安にするバッドテイスト(※画像は筆者撮影)


8巻にいたっては、表紙のあおりと内容がまったく違う始末だ。

勝手に再評価! 料理バトル漫画『一本包丁満太郎』の魅力とは?
「大阪城天守閣で包丁バトル」は前巻の内容だ(※画像は筆者撮影)


編集者の悪意さえ感じる仕上がり。
これでは新たな読者を獲得するチャンスも半減では……。

07年に文庫化されたが、人気シリーズをセレクションしたわずか8巻の刊行。重要なエピソードがすっ飛ばされているため、読んでいて違和感が凄いのが残念。こちらもすでに絶版だ。
電子書籍にはなっているが、昭和感あふれるビッグ錠作品はやはり紙媒体で一気読みしたいところである。

得意の料理バトルは不透明な決着が醍醐味!?


下町のカツ丼屋「銀平食堂」の一人息子、風味満太郎(かざみ まんたろう)は料理の道を歩くことを決意。ハンバーグ勝負を皮切りに、次々と料理勝負に挑むことになる。

血気盛んというか短気すぎる主人公が、なし崩し的に「料理バトル」に巻き込まれるのは、ビッグ錠作品のお約束である。
グルメ漫画に料理バトルを持ち込んだのは、73年に少年ジャンプで始まった『包丁人味平』が元祖。お得意の方式が今作でも話の軸になっているのだが、青年誌の読者層を意識したのか、単純な勝ち負けの二元論となっていないのが大きな特徴だろう。

序盤の「カツオ勝負」は満太郎が審査員の投票数23対1で勝ったが、ライバルの示条味味(しじょう みみ)は珍味のカツオの心臓を食べて大絶賛された1票の重さを強調。心臓が1個しかなかっただけで、数さえあれば……と、とんでも理論を展開するからたまらない。
しかも、居合せた男までもが食の好みは十人十色だから、「23人もが同時にうまいと感じたなんて…うまいというより むしろ“まずくない”という方が正解なんじゃないかな」と仰天のロジックで助太刀。

さらに、「勝負には勝てても…果たして味では勝てたのかな…?」と畳み掛け、ぶち切れた満太郎は再勝負に挑んでしまうのである。

いきなり、グルメ漫画の根幹を覆すような衝撃発言だが、この「勝負に勝って試合に負ける」的な展開こそ、この作品の醍醐味。毎度毎度のグレー判定、玉虫色の決着が物語に深みを与えているのである。(ただし、読後のフラストレーションはたまる)

「カツオ勝負」だったはずが、大観衆が見守る「全日本おにぎり選手権大会」に


この男、実はテレビ局のプロデューサーであり、そのままメディアを巻き込んでの「おにぎり勝負」に強引になだれ込むが、タイマン料理バトルが大観衆を巻き込んでの巨大イベントになるのも、ビッグ錠作品のお約束である。(ちなみに、この時点での満太郎は本格的に料理人の道を目指したばかり)
また、味味は室町時代から続く“日本料理の真髄”示条流の跡継ぎというスーパーエリートなのだが、この設定の大仰さもまたお約束だ。
勝手に再評価! 料理バトル漫画『一本包丁満太郎』の魅力とは?
(※画像は筆者撮影)

さて、「おにぎり勝負」だが、味味が僅差で勝ったと思いきや、新たな挑戦者、伊賀谷玄人(いがや くらんど)のクレームが入り(少女の審査員2名が満太郎のおコゲのおにぎりを見た目で拒否し、食べずして味味に投票したため)、さらに全国のおにぎり名人たちが名乗りを上げる形で(なぜか挑戦状入りのおにぎりを投げつけるといった食べ物を粗末にしすぎな方法)、味味との対戦を目的とする「全日本おにぎり選手権大会」に急遽変更となる。しかも、会場は国立競技場という史上空前のビッグイベントだ。

相変わらず、細部を気にしだすと止まらなくなるが、漫画としての勢いは加速度的に増すばかりである。

128人参加のトーナメントがたった2試合で終了!


1回戦の初戦、満太郎vs玄人戦では玄人勝利かと思いきや、すべてが食べ切られてないと満太郎がクレームを付けての逆転勝利。
玄人のおにぎりには、キャビア、フォアグラ、トリュフの世界三大珍味をおにぎりの具材とするも、時間が経つと生臭すぎて食べられないという、致命的な欠陥があったのだ。

……って致命的にもほどがあるだろ。『美味しんぼ』の海原雄山だったら、全力で罵倒すること必至の凡ミスである。
しかし、この初歩的なミスに足元をすくわれて負けるパターンが多いのもこの作品の特徴。ギャグとして楽しめば最高だ。


ともかく、128人もいる参加者で、この後どう描くのかと思いきや…勝負に怖気づいた参加者の棄権が続出し、残った7人(『キン肉マン』の超人のようなトリッキーすぎる出で立ち揃い)と満太郎による一斉勝負が行われるという超荒技で、この難局を打破。
結局、128人参加のトーナメント(と思われる)がたった2試合で終了してしまうのだから、スピーディーにもほどがある。
有無を言わさぬ力技もまた、ビッグ錠先生の定番ムーブである。

そして始まる「すきやき勝負」! 満太郎の料理バトルはエンドレスだ


満太郎が再び勝利を収め、ようやく味味との優勝決定戦になるかと思いきや、今度は雨で順延……。そんな中、満太郎に先ほどの7人の内の4人がリベンジを申し込むが、最終的に残り2人は棄権という、これまたよくわからない展開をはさみ、どうにか決戦の日を迎える。

味味の「神の米」、満太郎の「香り米」が、この勝負の鍵だったが、満太郎は示条流の妨害工作(あらかじめ審査員に「香り米」の香りをかがせることで食欲を減退させる卑怯な戦法)により、誰もおにぎりに手を付けることなく完敗という、まさかのオチ。

……かと思いきや、会場に押し寄せたカラスの大群が満太郎のご飯をすべてたいらげ、味味のご飯にはまったく手を付けないことで、暗に満太郎の勝ちを示すのである。
さらに、満太郎の勝利を見抜いていた「すきやき男爵」と名乗る男が登場。自分の相手になれるのは満太郎のみと対戦相手に指名し、そのまま「すきやき勝負」に突入するのであった。

勝負の決着にクレームを付ける者=次回の敵というパターンもお約束なので、ぜひ楽しんで欲しい。

とことん、読者を驚かすことに比重を置いているのか、どんでん返しが目白押しの上、登場キャラの過去やポリシー、作品上の立ち位置が変わってしまうこともしばしば。
思わせぶりに登場したキャラが何事もなくフェードアウトするのもよくあるので、本当に先が読めなくて面白い。

漫画の文法にとらわれないからこそ待ち受ける驚愕の展開に、自由発想の料理たち。ぜひあなたも確認していただきたい。
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