シャープなイケメンかつ細マッチョ、アクションもイケるスーパーマンであるイ・ビョンホン。そんな彼も今年で47歳ということで、貫禄のある役もハマるようになってきた。
そんなイ・ビョンホンの胡散臭くて極悪なイケオジぶりを堪能できるのが『マスター』である。
黒いイ・ビョンホン「マスター」は悪の魅力。被害総額4兆ウォンだ

モチーフになったのは、実在の巨額投資詐欺


『マスター』でイ・ビョンホンが演じるのが、金融投資会社「ワン・ネットワーク」のトップであるチン・ヒョンピル会長。投資家相手ににこやかかつ情熱的に夢を語るカリスマ社長でありながら、やってることはほとんどマルチ商法という極悪人である。集めたカネを政官界にばらまくことで権力側と結託し、警察にもおいそれと手が出せないという厄介な悪役だ。

『マスター』のモチーフとなったのが韓国で2008年に発覚したチョ・ヒパル詐欺事件。韓国史上最大のピラミッド詐欺(いわゆるネズミ講)の主犯で、2004年から2008年までの間に多数のペーパーカンパニーを設立し、医療機器リース事業などへの投資と偽って多額の金を集めた。その被害総額は4兆ウォン以上、被害者は概算で4万人。指名手配されたものの2008年に中国へ密航し、2012年にはそのまま中国で死亡したというニュースが流れた。遺族はすでに「中国で埋葬した」と発表したが、死亡証明書に中国公安の認証がないなど捏造疑惑も発生。火葬後だったのでDNA鑑定も不確定となり、今もって完全に解決していない事件である。そんなネタを扱って娯楽作にしちゃおうというのだから、野次馬の血が騒ぐ。

極悪、正義、姑息のイケメン3人による騙し合い


映画の冒頭はチン会長によるイケイケのプレゼン大会。庶民を巨大なホールに集め、目に涙を浮かべんばかりの勢いで「私がこの場に立っているのはみなさんのおかげです!!」みたいな、歯が浮くセリフを滔々と並べ立てる。その会場を冷ややかに見つめるのが、知能犯罪捜査班班長にしてエリート警察官のキム・ジェミョンである。
長らくチン会長の悪事を暴くべく専従捜査を続けてきたキムは、組織のナンバー3にして天才的ハッカーであるパク・ジャングンに接触。司法取引を持ちかけて内部の情報提供者に仕立てようとする。

しかしパクはパクで組織の電算室管理人(なぜかハチミツに異常なこだわりを持つメガネのオタク)を抱き込みつつ、巨額の資金を着服しようとしていた。内通者の存在を感じ取り警戒を強めるチン会長と、パクを利用して捜査を進めるキム、そして全員を出し抜いて一人勝ちを狙うパク。しかし、1手先を読んだチン会長は大金とともに忽然と姿を消し、海外で死亡したという情報を流す。果たして警察に打つ手はあるのか。

相当ややこしい経済事件を扱った映画なのだが、ハッキング合戦によって多額の現金が行き来する様子は「なんとなくコンピューターがすごいことをしている」というのをボンヤリ映してくれるので、こちらもボンヤリと「なんかすごくハイテクなことが行われているな」と見ていれば大体OK。専門用語がバンバン飛び交うのも、「なんか頭がいい人がすごいことをやってて、先を読んだんだな」くらいの雰囲気で見ていればとりあえずストーリーが追える親切設計だ。

とにかく極悪、正義、姑息という主人公3人のキャラクターの立ち方がわかりやすく、めんどくさい話な上に上映時間も長めなのにスルスルと見られる。特にハッカーのパクの憎たらしさは印象的で、悪事がうまくいくと誰もいない部屋で変な踊りを踊ったりすぐ減らず口を叩いたりと、「こいつ早く酷い目に遭わないかな〜」という気持ちに。演じるキム・ウビンはサラッとしたイケメンなんだけど、とにかくいちいち表情が憎たらしくてすごい。

経済事件なので地味な話になるのかなと思いきや、フィリピンロケによるカーチェイスと大銃撃戦になだれ込むのも驚いたポイント。
今までの因果が溜まりに溜まったところでのアクションシーンなので、見ているこっちも「よっしゃ!!やったれ!!」というテンションに。ちゃんとストーリーが盛り上がっていれば、派手なアクションシーンというのは一回でも割と満足がいくのである。

でもやっぱり、悪い奴のが楽しそう……


こういう内容なので、ところどころ『インサイダーズ』や『華麗なるリベンジ』や『ベテラン』みたいな韓国政財界不正映画っぽいニュアンスもある。けど、それらの映画と大きく異なる点が、「黒いイ・ビョンホン」の圧倒的イケイケ感である。

『マスター』のイ・ビョンホンは黒い。腹黒いとか悪いとかそういう意味でもあるけど、なんか日焼けしてて物理的に黒いのである。髪にも白いものが若干混じったリゾート焼けの、見るからに胡散臭いイ・ビョンホンが、めちゃくちゃいい感じのプレゼンで貧乏人から金をむしり取りまくる!

このイ・ビョンホンが実にいい。投資家向けのコールセンターの前面の壁には巨大な数字で現在の投資総額(多分そうだと思う)が表示され、その前を満面の笑みで歩きながら「挨拶はいいよ。そんなことをしている時間がもったいない!」と受付のお姉ちゃんたちに話しかける様子はさしずめ韓国のジョーダン・ベルフォート。というか、『マスター』の前半のイケイケ感は『ウルフ・オブ・ウォールストリート』っぽい。イ・ビョンホンの甘いマスクが、そのまま「胡散臭い投資会社の金持ち社長」に化けることに気がついた人はノーベル賞ものである。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でもそうだったんだけど、こういう投資詐欺みたいなものを扱った映画では、しばしば「悪役の方が楽しそう」という現象が発生する。
『マスター』のイ・ビョンホンもモロにそれで、庭でクレー射撃やったりめちゃくちゃでかいテレビの前に寝転びながら食ってるのがスナック菓子だったりとやりたい放題である。その上死ぬほど往生際が悪いのも最高。そりゃ正義の警察官キムの方が正しいのはわかっているけど、黒いイ・ビョンホンがニヤニヤしながらスナック菓子を食ってる方が断然楽しそうなのだから仕方ない。

というわけなので、一連の韓国政財界不正映画の中でも『マスター』における悪の魅力は飛び抜けている。あんなに胡散臭い悪役がビシッとハマるあたり、やはりイ・ビョンホンというのはすごい人なのである。

【作品データ】
「マスター」公式サイト
監督 チョ・ウィソク
出演 イ・ビョンホン カン・ドンウォン キム・ウビン オ・ダルス オム・ジウォン ほか
11月10日より全国ロードショー

STORY
金融投資会社「ワン・ネットワーク」のカリスマ社長であるチン会長。しかしその裏の顔は、巨額の投資金を政官界にばらまきつつ裏金を溜め込む金融詐欺師であった。知能犯罪捜査班のキムはその犯罪行為を操作するべく、組織のナンバー3である天才的ハッカーのパクに接近し司法取引を持ちかける。
(しげる)
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