11月下旬、FA選手の行き先がぼちぼち決まる頃だ。
ファンが「何がなんでも絶対獲るべき」と思える大物選手は、ほとんどがメジャーリーグ行きを選択する時代だ。侍ジャパンのスーパーエース級投手にいたっては海外FA権取得前にポスティング制度でアメリカを目指し、大谷翔平はわずか5年のNPB生活を経て海を渡ろうとしている。
寂しさがないと言ったら嘘になるが、時代の流れには逆らえない。良くも悪くも球界に定着し、落ち着いたとも言えるNPBのFA市場だが、24年前に制度が出来たばかりのオフシーズンは、今振り返るとほとんど冗談のようなFA狂騒曲が繰り広げられていた。
球団も選手もマスコミもみんなまとめてFA童貞だった秋の日の1993の思い出……。
生放送でFA宣言した落合博満
なにせ“オレ竜”落合博満のFA宣言はテレビ朝日の生放送番組内でのことである。まさにお相撲さんが殴り合う以上の社会的事件扱い。
往年の長嶋茂雄に死にたいくらいに憧れて巨人移籍志願と思いきや、「ダイエーからも話はある」なんてさりげなく匂わせる策士ぶり。
当時40歳の元三冠王スラッガーは12月下旬に巨人入団発表をするも、代名詞の“背番号6”は生え抜きスター選手の篠塚利典が付けていたため、球団創立60周年とかけて“背番号60”で一件落着。
思えば、遡ること7年前の86年オフ。ロッテ時代の落合の巨人トレード話がまとまりかけていた時、「ロッテに行くなら引退する」と事前に牽制をかましつつ拒否したのが篠塚だった。
そんな因縁の二人が、94年巨人vs中日10.8決戦の映像を見ると、試合終了直後に歓喜の輪の一番外から並んでミスターの胴上げを見届けているのだから野球人生は分からない(篠塚はこの年限りで引退)。
93年オフの主役だった長嶋監督
とにかく93年オフの主役はFA宣言した5名の選手よりも、巨人の長嶋監督だった。前述の落合背番号問題の時は「背番号なら『3』を使ってもいい」とまでコメントしている。ミスターファンの落合にとってはこれ以上の口説き文句はなかっただろう。
例えるなら、現代の野球少年が仮にオリックスとのFA交渉でイチロー監督から「僕の51番つけてもいい」なんて言われたら、いやいや重すぎますと断りつつも相手の本気度に震えるはずだ。
そんな、長嶋劇場の極めつけは自軍の先発三本柱の一角・槙原寛己のFA騒動である。どう交渉していいか何のノウハウもなかった巨人球団からは連絡もなく、「地元の中日移籍が決定的か」と騒ぐ週刊誌。そんなある日、早朝6時に槙原家の電話が鳴る。
「オハヨ~、長嶋で~す!」
なんと長嶋監督からの思いっきり生電話。挨拶もそこそこに奥さんに代われと言われ、勝手に家族への残留交渉も始まった。翌朝もミスターからのモーニングコール。その熱意に巨人残留を伝える槙原だったが、「ケジメでお前の家に挨拶に行くから」と電話を切る長嶋さん。
こうなるともう誰にも止められない。気が付けば大勢のマスコミを引き連れて、赤いバラの花束片手に槙原家を訪ねる国民的スーパースターがそこにいた。
長嶋監督と槙原寛己は何を話したのか
ここまでは当時のスポーツ新聞でも報じられているが、いったい自宅で槙原と長嶋監督は何を話したのだろうか?
長年のその疑問が『プロ野球 視聴率48.8%のベンチ裏』という2011年発売の槙原の自著の中で明かされていた。正直、すでに残留は決めていたので交渉も何もない。
二人は「監督、報道陣といいファンといい、凄い人手ですねぇ」「あぁ、本当にそうだなぁ」なんつってシャガールの絵を眺めながらお茶をしたという。
ちなみに背番号と同じ17本の赤いバラはあとで数えてみたら20本だったとのこと。
プロ野球はある意味、選手がプレーした結果という「現実」と、マスコミ発信の17本のバラ的な「幻想」と、それを理解した上で確信犯的に楽しむファンのトライアングルで成立してきた。
しかし、いつからかメジャー移籍やSNSでの選手やファン自らの発信という「リアルさ」が持ち込まれて、その手の愛と幻想の共犯関係アングルは前時代の遺物となりつつある。
教室の少年達がなぜか選手の名前をほとんど暗記していて、お父さんたちはビール片手にナイター観戦。なぜ90年代のプロ野球が異常な人気があったかと言うと、プロレス的ドラマ性と総合格闘技的な競技性が絶妙なバランスで両立できていたからだと思う。その象徴が長嶋茂雄というわけだ。
本連載『プロ野球世紀末ブルース』は、そんな90年代の球界の空気感が少しでも現代の野球ファンに伝わればと80本近く書き続けてきた。それも今回で最終回だ。来週からは場所を同じエキサイトニュース内の『スマダン』に移してプロ野球をテーマにした新連載を開始予定。
というわけで、ジブンもFA宣言させていただきます。
1年半に渡り、ご愛読ありがとうございました。
(死亡遊戯)
(参考資料)
『プロ野球 視聴率48.8%のベンチ裏』(槙原寛己著/ポプラ社)
『プロ野球「トレード&FA」大全』(洋泉社)