2日のはずが18日に延長! 地獄のジャコメッティ肖像画マラソン


1964年のパリ。ジャコメッティは自身の展示会で、ニューヨークから来た美術評論家・作家のジェイムズ・ロードにモデルになってくれるよう依頼する。「2日あれば描き上げられる」というジャコメッティの言葉を信じ、快諾するロード。
彼にとっても、世界的巨匠の仕事を間近で見られる貴重な機会だ。断る手はない。
アーミー・ハマー、ドMで傍迷惑な巨匠に振り回される。快作「ジャコメッティ 最後の肖像」

ジャコメッティの自宅兼アトリエに向かうロード。そこは古びて汚く、とても巨匠のアトリエとは思えない建物だった。そこかしこに転がる製作中の作品に圧倒されつつ、ロードはジャコメッティの指示通りに座る。対面にはイーゼルを前にしたジャコメッティ。不機嫌そうにタバコをくゆらせつつ、彼は絵筆を取る。

1日目が終わっても、作品は完成に程遠い。しかもジャコメッティはフラリと現れた愛人で娼婦のカロリーヌに気を取られ、その日はお開きに。2日目も3日目もジャコメッティは絶不調。やむなくロードは帰りの飛行機を順延し、電話で小言を言ってくる恋人に頭を抱える。開き直って「肖像画は完成しないものだ」と不吉なことを言い出すジャコメッティ。
果たしてロードの肖像画は無事完成し、彼はニューヨークへ帰ることはできるのか。

ガサガサとした質感の、ひょろ長い人物像で知られるジャコメッティ。あのひょろひょろした造形は、彼の目に映った人間の姿から余分なものを極限まで削ぎ落として、その先に残ったものであるとされている。ジャコメッティは自分が捉えた人間の本質をそのまま作品として残そうと悪戦苦闘を繰り返しており、そして彼曰く、それは毎回成功しない。彼は映画の中でも『目に映るものをそのまま描くことは不可能だ」と語る。

その上、ジャコメッティは「現代には写真がある以上、肖像画を完成させることには意味がない」とまで言う。つまり、彼は自分で考えても不可能かつ無意味な作業に没頭し、そんなことを毎日やっているから年中不機嫌だ。金には頓着せず、献身的な妻アネットにもキツく当たり、そうかと思うといきなり愛人に車をポンと買ってやったりする。

更に言えば、この映画でのジャコメッティはドMである。「私が幸せを感じるのは悩んでいたり絶望したりしている時だ」と語る彼は、完成に近づいた肖像画をいきなり自分で消したりする。「ボチボチ完成するかな……」と思っていたのにいきなり絵を自分でぶち壊すジャコメッティに、さすがに呆れるロード。すごい。
すごいのだが、こんなおじさん絶対に近所にいたらイヤである。

『ジャコメッティ 最後の肖像』は、こんな破天荒なジャコメッティの姿を軽やかに描く。そこから見えてくるのは、めちゃくちゃだけど人間臭くてどこか憎めない巨匠の姿だ。娼婦と遊んだ金を滞納して地元のヤクザに締められたりしているろくでなしだが、とにかく自分の作品に対してだけは徹底して真摯。そしてどんなにひどい目に遭わされても、そんな彼を放っておけない妻や弟たち。パリのロケーションも手伝って、なんだか大人な味わいである。

視線の交錯、そしてハマーの顔の良さに悶える


『ジャコメッティ 最後の肖像』は視線を描いた映画でもある。カメラはアトリエでロードを見つめるジャコメッティの視線そのものとなり、彼の頭や顔や、さらに皮膚の質感や瞳の色や頭蓋骨の形を舐める様に映し取っていく。そのカメラワークには「なるほど、画家っていうのはここまで見るのか……」という納得感がある。

反面、カメラが映すのはジャコメッティの視線だけではない。カメラはロードの視線にも成り代わり、製作中のジャコメッティにジロジロと見つめられる立場も観客に追体験させる。見る側は同時に見られる側でもあり、画家とモデルは主従関係ではなく対等な関係にあることを、カメラワークと編集だけで見事に表現しているのだ。


さらに、時間が過ぎるうちにロードはジャコメッティにけっこう言いたいことを言えるようになる。ジャコメッティの方は元から口が悪いので「犯罪者みたいな顔してるな」とか「変態みたいな顔だ」とか、最初からめちゃくちゃなジョークを言いたい放題なのだが、ロードはそれに対して言い返せない。が、時間が経つうちにロードも「完成まで期限を切ってください」とか注文をつけられるようになっていくのである。長時間にわたって視線が交錯し、それに伴って2人の人間の関係性が変化していくというプロセスを、『ジャコメッティ 最後の肖像』は丁寧に描いてみせる。

それにしても、ロードを演じたアーミー・ハマーの顔はすごい。本作ではちょっと古い型のスーツやコートをビシッと着こなしており、その格好でパリの路上に佇む姿も眼福なのだが、とにかく顔である。前述の様に、『ジャコメッティ 最後の肖像』は画家の視線をカメラがトレースするシーンが多い。カメラは「そこまで寄ります?」と言いたくなるくらいハマーの顔に近寄り、皮膚の質感や細かい産毛までもがスクリーンに映し出される。

しかし、ハマーの顔はその凝視に負けてないのである。起伏に富み、均整が取れており、殺人犯にも変態にも見えるツルッとしたハンサム。そんな、捉えようによっては無個性にも見える(筆者はアーミー・ハマーの顔はマネキンっぽいと思う)あの顔は、微に入り細に入りディテールを掘り返す行為に耐え抜くのだ。そして、ハマーの顔はだんだんジャコメッティの絵っぽい雰囲気に見えてくる。
これにはびっくりした。なんせモデルをやっている時は無言なのだが、ハマーは「顔の良さだけで映画に説得力を持たせる」という離れ業をやってのけているのである。

結局顔かよという感じもしないでもないが、なんといっても肖像画の製作プロセスを追った映画である。画家が「描きてえ〜!」と思うような顔がスクリーンに出てこなくては説得力がない。その意味で、本作のアーミー・ハマーはめちゃくちゃいい仕事をしているのだ。

【作品データ】
「ジャコメッティ 最後の肖像」公式サイト
監督 スタンリー・トゥッチ
出演 ジェフリー・ラッシュ アーミー・ハマー トニー・シャルーブ シルヴィー・テステュー ほか
1月5日より全国ロードショー

STORY
1964年、世界的彫刻家であるアルベルト・ジャコメッティは、パリでの展示会の際に美術評論家のジェイムズ・ロードに肖像画のモデルになってくれるよう依頼する。2日で終わるという話を真に受けて快諾するロードだったが、ジャコメッティはスランプに陥り、完成はどんどん遠のいていくことに……
(しげる)
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