『シェイプ・オブ・ウォーター』は、どこまでも優しく美しい愛についての物語である。おとぎ話のようなストーリーと人間の生きづらさに対する視線が交錯した、とてもギレルモ・デル・トロらしい作品だ。

「シェイプ・オブ・ウォーター」はデル・トロにしか撮れない"生きづらさ"に均等に寄り添った作品

冷戦をバックボーンにした、半魚人と人間のおとぎ話


『パシフィック・リム』のヒットで世間的にもオタク監督としての知名度をあげたギレルモ・デル・トロ。しかし彼には、ロボットやモンスターがド派手に暴れまわる方向性ではない、しっとりと落ち着いた作風もある。異形の者や現実世界に居場所のない者たちに向かって、愛着と憧憬の詰まった視線を向け続けてきた人でもあるのだ。『シェイプ・オブ・ウォーター』は完全に"そっち側"の作品である。

舞台は1962年のボルチモア。耳は聞こえるが声を発することができない女性イライザは、軍の研究施設で掃除の仕事をしている。毎日決まった時間に起きて食事を作り、同じバスに乗って同じ職場に向かう日々。隣人である画家で同性愛者のジャイルズ、何かと世話を焼いてくれる同僚のゼルダとは手話でコミュニケーションをとり、それなりにうまくやっている。
「シェイプ・オブ・ウォーター」はデル・トロにしか撮れない"生きづらさ"に均等に寄り添った作品

ある日、イライザの働く施設に南米で捕獲された"不思議な生き物"が運び込まれてくる。ふとしたきっかけから、水中に棲む半魚人のような"生き物"と徐々に心を通わせるイライザ。一方研究を取り仕切る高圧的な軍人ストリックランドは冷戦下の宇宙開発競争においてソ連に勝利するため、"生き物"の解剖実験を決める。実験の予定を知ったイライザは動揺し、なんとか"生き物"を助けようとするが……。

まず1962年という時代設定が抜群にうまい。
米ソの冷戦が激化し、社会には差別が根強く残り、さらにランドサット計画以前でまだ地球に"未開の地"がギリギリ残っていたタイミングである。冷戦自体もストーリーに密接に絡めつつ、現実世界に居場所がないアウトサイダーたちの物語を成立させる上で、効果的な時代設定だ。

物語を動かすのは聾唖の女性、ゲイの絵描き、黒人女性のパートタイマー、そして棲家から引きずり出されてきた半魚人のような"生き物"という、この時代において立場の弱い者たちである。彼らが右往左往しながら"生き物"を助けようとする展開は「デル・トロ版の『E.T.』かな……?」と思いながら見ていたのだが、『シェイプ・オブ・ウォーター』はさらに奥まで踏み込む。この映画は文字通りのラブストーリーなのだ。

イライザと"生き物"は言葉なしでわかりあい、愛し合う。"生き物"は魔法で人間になったりしないし、イライザが声を出せるようになったりはしない。それでも彼らは分かり合えるし、愛し合うことができる。実際相当突っ込んだ描写があるし、見ようによっては変態行為と言えてしまうのだが、では変態とは何か。誰が何をどこから見て変態なのか。それを断じることに意味などないと、『シェイプ・オブ・ウォーター』は歌い上げる。様々なモチーフや色合い、絵面の美しさなど、この映画はあらゆる手段を使って「君たちはそのままで分かり合えるし、愛することもできる」と伝えてくる。
本当にデル・トロらしい、デル・トロにしか撮れない作品だ。

「勝ち組」だって、やっぱり生きづらいんだよ!!


もうひとつ印象的だったのが、物語上では悪役であるストリックランドについてだ。彼は朝鮮戦争で軍功を立て、冷戦下で軍の重要施設の責任者にまで出世したエリートである。ストリックランドは郊外に建つ書き割りのような住宅に住み、絵に描いたようなブロンドの美しい妻と子供に囲まれ、巨大なキャデラックに乗る。1962年における、アメリカン・ウェイの体現者のような超勝ち組だ。

しかし彼は巨大組織における中間管理職でもある。上司である元帥にはミスを激詰めされ、"生き物"に関する予想外の事態で徐々に憔悴し、余裕を失っていく。ストリックランドを演じたマイケル・シャノンによる、このあたりのプロセスでの顔芸は必見。1950年代の恐怖映画のような照明の使い方も相まって、徐々に正気の向こう側へ踏み出しかけていく男を見事に表現している。

『シェイプ・オブ・ウォーター』の豊かさは、このストリックランドが平板な悪役ではなく、彼自身も「生きづらさを抱えた男」に見えるという点にある。当時の価値観での「勝ち組」的な仕事と生活に執着するあまり、楽しそうに生きているようには全然見えないのだ。キャデラックだってほとんど「キャデラックだから」という理由で買ってるし、運転してても全然楽しそうじゃない。「いつまでまともな男であることを証明すればいいんですか!?」というセリフは悲痛だ。


更に言えば、生きづらさを抱えているキャラクターはイライザやストリックランドだけではない。同性愛者であるジャイルズや夫に手を焼いているゼルダなど、主要登場人物は皆どこかしらにトラブルを抱えている。それに対する向き合い方が異なるだけだ。

一方で、『シェイプ・オブ・ウォーター』は社会的には負け組であるはずのイライザの生活を魅力的に描く。アパートはボロいけど映画館の上の部屋で、大家である映画館のオーナーからは「どうせ客は入らんし、タダ券やるから見にこいよ」と気軽に誘ってもらえる(超羨ましい!!)。同僚にも恵まれているし、ジャイルズとは半ばシェアハウスのような感じで暮らして一緒にタップを踏んだりする。"生き物"が現れる前でも、彼女はそれなりに人間らしく楽しく生活しているのだ。社会ってなんなんでしょうね……?

おまけに、我々観客は1962年からそう遠くない未来に「アメリカン・ウェイ」的な成功モデルは崩壊することを知っている。でかいキャデラックは売れなくなるし、アメリカはベトナムで大失敗する。そんな"崩壊が見えている規範"に縛られて身動きできなくなっていくストリックランドは、とても悲しく滑稽に映る。見事なキャラクター設計と言えるだろう。

『シェイプ・オブ・ウォーター』はおとぎ話のようなラブストーリーであると同時に、すべてのキャラクターの"生きづらさ"に均等に寄り添った作品でもある。
その優しさを前にしては、「デル・トロって本当にいい奴だよなあ……」としみじみ涙するしかないのであった。
(しげる)

『シェイプ・オブ・ウォーター』キャスト、スタッフ、あらすじ


監督 ギレルモ・デル・トロ
出演 サリー・ホーキンス マイケル・シャノン リチャード・ジェンキンス ダグ・ジョーンズ ほか
2018年3月1日より全国ロードショー
公式サイト
(C)2017 Twentieth Century Fox

あらすじ
南米からアメリカの研究所へ、水棲の"不思議な生き物"が移送されてくる。研究所で働く聾唖の女性イライザはその"生き物"と徐々に心を通わせるが、軍は宇宙開発のため"生き物"の解剖を決定。動揺したイライザは"生き物"をなんとか脱出させようとするが……

『シェイプ・オブ・ウォーター』動画は下記サイトで配信中


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