高校時代に制作した映画『虹色★ロケット』が2007年に公開、DVD化もされた伊藤峻太監督。最新作『ユートピア』が企画から10年もの時を経て、いよいよ完成。
4月28日より下北沢トリウッドで公開となる。
出演者に「生きてるか?」と心配され…企画から10年かけて完成する映画『ユートピア』監督に聞く
『ユートピア』は、4月28日より下北沢トリウッドでロードショー。
(C) UTOPIA TALC 2018

舞台は、“雪が降る”真夏の東京。ライフラインが途絶した混乱の中、ヒロイン・まみのもとに謎の少女・ベアが現れる。ベアは実は1284年にドイツのハーメルンで笛吹き男にさらわれた130人のこどものひとりであることが発覚……というストーリーだ。
出演者に「生きてるか?」と心配され…企画から10年かけて完成する映画『ユートピア』監督に聞く
こだわりぬいた映像美の世界。
(C) UTOPIA TALC 2018

ところで、実はこの話を聞いたのは、今から約1年半前(過去コネタ参照)。「まもなく公開」のアナウンスを4~5回繰り返し、キャストからも「大丈夫か? 生きてるか?」と心配されたという伊藤峻太監督に、そこまでこだわる理由を聞いてみた。



設定に2年 シナリオに7年


「高校時代に撮った映画『虹色★ロケット』を後に客観的に見ると、どうしても『甘いな』と感じ、納得いかないところがたくさんあったんです。それで、『もっとすごい映画を作りたい』と思い、2007年時点でまずSFファンタジーの構想を思いつきました」
出演者に「生きてるか?」と心配され…企画から10年かけて完成する映画『ユートピア』監督に聞く
伊藤峻太監督。
(C) UTOPIA TALC 2018

シナリオを書き始めたのは19歳のとき。
もともと完全な異世界を描く「ハイ・ファンタジー」よりも、現実世界があるうえで別世界がある「ロー・ファンタジー」のほうが好きだったことから、「異世界の人が現代の東京にやってくる」という設定を考えた。

土台にあったのは、トマス・モアの『ユートピア』で、そこから『ハーメルンの笛吹き男』が結びついていったという。
「最初の2年間で設定はできて、人物のキャラクターやユートピアのなりたちを絵と文字で描いたクロッキー帳は5冊分にもなりました。さらに、シナリオ完成までは7年間もかかりました。情報量があまりに多すぎて、2時間弱の映画では全部出せないと思い、悩んだ挙句、あまり削らずギュッと詰め込んだかたちです。
読み解くのが大変な情報量が入っているというバランス感も、面白いのではないかと思ったんです」

ところで、大きく分けると、異世界の人が現実世界にやってくるという意味では『ドラえもん』も「ロー・ファンタジー」にあたる。
そして、多くのロー・ファンタジー作品の場合、ベースは現実世界であり、そこに「異世界」の要素が加わることで現実世界に変化が生じるというのが定番だ。
しかし、『ユートピア』の場合、現実の混乱した東京よりも、異世界の人々を描く熱量が圧倒的に高い。なぜなのか。
「中世ヨーロッパの人や江戸時代の人が現在の東京に来たといった設定や、『ハリーポッター』シリーズのように『魔法使い』などが出てくるものなら、すでにイメージがあるので、説明は要らないですよね。でも、ユートピアはあくまで架空の世界なので、いわゆる『ステレオタイプ』が使えない。
しかも、ユートピア側は映像的にあまり出てこないので、全く知らない世界をベースにしたことで、シナリオ上の苦戦を強いられた部分はあります」


劇中に登場する独自の言語まで作成


「シナリオ上の苦戦」の一つは、架空の国「ユートピア」の言語までオリジナルで作ったこと。
伊藤峻太監督は「監督」の他に、脚本、編集、VFX、主題歌の作詞作曲、劇中に登場する「ユートピア語」まで作成したという。
「例えば漫画なら、異世界の人の言葉を日本語で書いても、鍵かっこをつけたり、フォントを変えたりして、読者にはわかるけど『この世界では言葉が通じていない』感じが出せます。アニメでもそれはできます。ドラマや映画でも、外国人の設定なのに日本語でやりとりしている作品はあるけど、僕はそれを許せなくて。言語のハードルのためにリアルじゃなくなるなら、『ユートピア語を作ってしまおう』と思ったんです」
まず大枠の「文法」と、数字の数え方などを決め、単語一つ一つをアナグラム的に決めたうえで、それをシナリオにあてはめ、翻訳する。
この作業は、アメリカに住む撮影監督兼音楽担当の椎名遼さんとSkypeやFaceTimeなどを通じて、半年以上かけて行ったとか。

「もともと存在しない言葉だから、役者さんがセリフを覚えるのもめちゃくちゃ大変で。椎名が辞書的に音声サンプルを吹き込んで、役者さんに渡しました」


製作中にスタッフが就職、結婚していった


エンドロールを見ると驚くのだが、キャストや衣装協力なども含め、作品に携わった人はわずか20~30人程度。
同じスタッフが録音と撮影を兼ねたり、ときには助監督やラインプロデューサーが録音をしたり、足りないところに誰かが入るかたちで現場を回してきたという。

超少人数でのCG制作なども含め、気が遠くなるほどの作業を長い期間続けることで、投げ出したくなったことはなかったのか。
「準備に関わってくれていた仲間が、10年の中で就職したり結婚したり、バラバラになっていく中で、僕自身のモチベーションが低下した時期もありました。それに、お金も稼がないといけないので、『ユートピア』のシナリオを書きながら、知人の紹介で映画の撮影現場で助監督をやったり、録音やドライバーをやったり、コンテの絵を描いたりしていました。
スーパー貧乏で10年くらいやってきたけど、でも、やめたいと思ったことは1度もない。CGが完成して合成でピタリと重なった瞬間の感動は忘れられないですし、これまで手伝ってくれたスタッフ・キャストにまず見せたいという思いが何より強くありますから」

実は撮影は2014年には終了。昨年末に試写を行った際には、グリーンバックのみで撮影してきたキャストたちから、出来上がったCGの映像に対して「こんな画になるのか!」と驚きの声があがったという。
「でも、実は今もCGを直し続けているんですよ(笑)。関係者が見ても、どこが変わったかわからないと思うけど、公開してしまったらもう直せないので。ギリギリまで悔しさは残したくないですから」

あまりの熱量と情報量のために、正直、1度観ただけではわかりづらい部分もあるが、2度、3度と観て、読み解きたくなる『ユートピア』。
4月28日に、今度こそ本当に公開となる。
(田幸和歌子)