戦時下のイギリスに爆誕したヤバい首相と内閣。『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』では、「変な人」としてのチャーチル像を堪能できる。

「ウィンストン・チャーチル」アカデミー賞辻一弘とゲイリー・オールドマンが創ったヤバいチャーチル

イギリス軍大ピンチ! その時国会は!?


昨年公開されたクリストファー・ノーランの『ダンケルク』では、第二次世界大戦序盤でフランスの北岸に追い詰められたイギリス兵たちの脱出劇と、彼らを故国に連れ戻そうとする"普通の人たち"の頑張りが描かれた。この時イギリスの最上層部では何が起こっていたのかを扱った作品が、『ウィンストン・チャーチル』である。

第二次世界大戦の序盤、1940年5月にドイツはベルギーとオランダを通ってフランスに侵攻。イギリスはフランスを支援するべく大陸派遣軍を送り込む。しかしフランスはドイツ軍の快進撃についていけず、あっという間に敗北。そこから先、1940年の夏から1941年にかけて、ヨーロッパでドイツに対抗しているのはイギリスだけという状況になった。なんせ西欧から北欧にかけて大陸は大体全部ドイツおよびイタリアの占領下か衛星国、東にはドイツと結託しているソ連が控える。頼みのアメリカは、自国に関係ない大西洋の向こうの戦争なんか知らんぷりだ。まさに大ピンチ。映画の原題である『DARKEST HOUR』は、イギリスにとって最も暗い時期を表している。

イギリス国内では普段対立している保守党と労働党が連立し、挙国一致内閣で国難を乗り切ることが決定する。しかし野党労働党は、ドイツに対して宥和政策を取った現首相ネヴィル・チェンバレンの退陣を迫る。代わって首相に取り立てられたのは、海軍大臣ウィンストン・チャーチル。
以前にも色々やらかしている上に、めっぽう好戦的な嫌われ者の政治家である。対抗するチェンバレンやその一派であるハリファックスとの攻防、国王ジョージ6世との微妙な関係、海の向こうで追い詰められているイギリス軍の戦況など、様々な要素に板挟みにされたチャーチルは、難局を乗り切れるのか。

『ウィンストン・チャーチル』が描くのは、1940年の5月初頭からの約1ヶ月間。いわば「イギリスとチャーチルはどのような経緯で腹を括ったのか」という部分をぎゅっと濃縮した映画である。とにかくこの時期のドイツ軍はイケイケなので、当然イギリス国内でも「講和した方がいいのでは……?」という声が湧いてくる。しかしチャーチルは突っぱねる。当然いろんなところから嫌われる。

だからチャーチルは孤独だ。同じ内閣の中からも突き上げを食らうし、ドイツ以前に国内がすでに敵だらけである。お互いファーストネームで呼び合う仲であるアメリカ大統領のルーズベルトも、戦闘機を送ってくれと頼むチャーチルに「国内法の関係で軍艦に軍用機を積んで渡すと怒られるから、カナダから馬で取りに来なよ」とか言い出す始末である。さすがのチャーチルもこの場面では「フランクリン……お前今、馬って言った……?」と絶句していた。

こんなチャーチルがいかにして腹を括り、イギリスをその後5年もの間続く戦争に突き進ませたか。
映画では「お前ちょっとそれはカッコよすぎるというか、盛りすぎでしょ〜!」という感じで理由が描かれるのだが、まあ映画なのでオッケー。というか、ゲイリー・オールドマンによるチャーチルがすごすぎて、盛ってる部分に説得力が出ているのだ。

辻一弘とゲイリー・オールドマンが作った、「ヤバい人」というチャーチル像


特殊メイクを施されたゲイリー・オールドマン演じるチャーチルは、この映画最大の見所だ。日本人が聞いてもわかるくらいのイギリス的発音でまくし立てるように話し、上目遣いで相手をギョロギョロ睨むチャーチルの姿は、「ああ、この人実際こんな感じだったんだろうな……」という雰囲気。日本人メイクアップアーティストである辻一弘の仕事ぶりも凄まじく、オールドマン=チャーチルの違和感はゼロ。そりゃアカデミー賞の主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞ももらうわけだ。そしてゲイリー・オールドマン版のチャーチル像が、割と最悪なのである。

なんせチャーチルは偏屈でこだわりが多く、気が短い。演説の草稿などを秘書兼タイピストに口述筆記させる時も、「言ったことは一回で聞き取れ!」とか「一行ごとに行間を空けろ!」とか怒鳴りまくり、秘書を泣かせる。「一回で聞き取れ!」って言うけど、アンタが早口で話した内容を訂正したりまた元に戻したりするのが悪いんだよ! とんだパワハラ野郎だ。

おまけにチャーチルは酒好きである。首相の立場上、毎週月曜の昼食を国王と共にする必要がある。
その時もウイスキーを欠かさず飲み、「よくそんなに飲めるな……」と呆れる国王に対して「鍛錬の賜物ですな」と開き直る。酒好きの鑑ではあるけども、首相としてはどうなんだ……?

風呂に入っている最中も脱衣所の戸口で若い女性の秘書に口述筆記をやらせ「お嬢さん、素っ裸で出て行くからな!」と全裸で出て行ったり、政敵に対してはすぐブチ切れたりと、とにかくヤバい爺さんであるチャーチル。そもそも「ドイツとマジでやりあうべきか、やめとくべきか」という状況で、最初から「死ぬまで戦う」と徹底抗戦一択だった時点で、チャーチルは異常者でありウルトラスーパータカ派ジジイである。とりあえず戦争に勝ったからよかったものの、負けてたらただの危ない人として終わっていただろう。実際、生前も死後も、チャーチルを嫌ったり複雑な評価を与えたりしている人は多い。
(しげる)

作品データ】
「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」公式サイト
監督 ジョー・ライト
出演 ゲイリー・オールドマン クリスティン・スコット・トーマス リリー・ジェームズ ベン・メンデルソーン ほか
3月30日より全国ロードショー

STORY
1940年、ドイツはフランスへと侵攻。時のイギリス首相チェンバレンは退陣を迫られ、後継として選出されたのは、与野党ともに敵の多い海軍大臣ウィンストン・チャーチルだった。チャーチルはドイツに対する対応を図るが、戦況は悪化。内政の舵取りにも難航する。
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