
軽薄中年ヤクザとイケイケ若手犯罪者が交差するとき、物語は始まる……
2014年に日本公開された韓国のノワール映画で、『新しき世界』という作品があった。犯罪組織に潜入する捜査官と、その天真爛漫な兄貴分。勝手極まる警察上層部と犯罪組織内の暗闘の中で、男と男が激しい火花を散らすド傑作である。あの映画が刺さった人は、とりあえずすぐに『名もなき野良犬の輪舞』のチケットを取ったほうがいい。おれの言うことを信じてくれ。
『名もなき野良犬の輪舞』も、韓国製のノワール映画だ。とある刑務所から、年若い犯罪者ヒョンスが出所してくるところから物語は始まる。刑務所の門の前にはずらりと並ぶ犯罪組織の出迎え。正面で待っている真っ赤なスポーツカーには、ヘラヘラと軽薄そうな中年男ジェホが乗っている。親しげに言葉を交わす2人。白人の売春婦を後部座席に連れ込み、2人はそのまま猛スピードで道路を飛ばす。
ヒョンスとジェホは刑務所で知り合った仲だ。人生で一度も他人を信用したことがないと豪語するジェホは、刑務所内のタバコの取引を牛耳るヤクザである。
若く野心に満ち、しかし同時に信頼できる他者を求めている青年。飄々としているようで、実は誰のことも信用していない裏稼業の男。この2人が刑務所で出会ってしまった時、地獄の釜のフタが開く……。もうとにかく全編が切ない信用と悪辣な裏切りの連打! もちろん韓国のノワールなので激辛な暴力表現もあるにはあるんだけど、最も強く印象に残るのは巨大な組織の論理に絡め取られた者同士の感情のぶつかり合いである。
ヒョンスもジェホも、諸事情あって与えられた役割を演じることを強要された人間たちである。しかし、やっているうちに演技の枠をはみ出してしまう瞬間がある。どうしようもない感情がはみ出した瞬間に、彼らは互いに全力ですがるしかない。しかし所詮、それは瞬間的な感情の滲みであり、信用するに足るものではない。そのズレが、信じてはいけないものを信じてしまったツケが、修正不可能な渦となって2人を飲み込んでいく。
この映画の原題は『不汗党』。韓国語で「プランダン」と読み、"乱暴者" "ならず者" "無頼漢"みたいな意味があるそうだ。なかなか色々なニュアンスを含んだタイトルである。しかし『名もなき野良犬の輪舞』という邦題もおれはなかなか好きだ。中二病っぽさやヨーロッパのノワール映画感もありつつ、映画の内容を的確に言い表していると思う。そしてその輪舞の中で存在感を示すのが、韓国が誇るカメレオン俳優ソル・ギョングなのである。
国宝級俳優ソル・ギョング、笑い声だけで中年ヤクザの空疎さを示す
『名もなき野良犬の輪舞』でソル・ギョングが演じるのは、密輸組織の大物ジェホだ。組織のナンバー2であり、必要とあれば容赦なく暴力を振るうヤクザであり、何者も信用しない猜疑心の強い男でもある。しかし態度は飄々としており、何につけてもまず最初にバカ笑いするやかましいおっさんでもある。
この役にソル・ギョングをあてがった人は、もうそれだけで5億円ほどボーナスをもらっていいとおれは思っている。
そんな空っぽの中年ヤクザであるジェホの元に、野心に燃える若い犯罪者ヒョンスが現れる。しかもイケメンである。刑務所内の乱闘でぶん殴られたヒョンスを見て、ジェホはヘラヘラと「お前はアザまで綺麗だな」と声をかける。おれは腐女子ではないが、しかしこれはアンタ、大トロみたいな映画だなオイ……と悶絶しながら見てしまった。
暴力表現に関しては、正直この映画よりハードな作品はいくらでもある。しかし、男と男の持って行く場所のない感情同士がぶつかり合う様の苛烈さでは、『名もなき野良犬の輪舞』はピカイチである。
(しげる)
【作品データ】
「名もなき野良犬の輪舞」公式サイト
監督 ビョン・ソンヒョン
出演 ソル・ギョング イム・シワン キム・ヒウォン チョン・ヘジン イ・ギョンヨン ホ・ジュノ ほか
5月5日より全国順次ロードショー
STORY
刑務所の中で中年ヤクザのジェホと知り合った、歳若い犯罪者ヒョンス。出所後ジェホの所属する麻薬密売組織に身を置いたヒョンスは頭角を現し、ジェホと共に組織を牛耳ることを画策する。しかし、2人は大きな秘密があった