ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた
(c) The Postal Museum - Miles Willis

1863年に世界で初めて地下鉄が開業したロンドンには、かつて「メールレール」と呼ばれる無人車両が走る地下路線があった。メールレールとは日本語に訳すと「郵便鉄道」のことで、1927年に運用が開始された郵便配送用に張り巡らされた地下鉄道だ。

メールレールは他の交通機関の発達もあり、2003年に郵便配送用の路線としての役割を終えた。しかし2017年に郵便博物館がロンドン市内に開館するのに合わせて、同博物館の目玉アトラクションとして再整備された。郵便物を運んでいた路線を人が乗れるよう整備し、トンネル内を巡りながら郵便の歴史を学べるように模様替えしたのだ。

同路線はロンドン市内西部から東部までの10.5キロメートルを結んでいた。現在、観光アトラクションとして乗車できるのは、全路線のうち1キロメートルの区間。そのメールレールに乗ってみた。
ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた
(c) The Postal Museum


小さな客車に乗り込み隠されたロンドンの地下を進む


筆者が乗ったのは朝10時台の便。時期によるが、メールレールは10時から17時まで20分おきに運行されている。乗車時間は15分間。列車は以前のような無人運転ではなく、アトラクション用に作られた客車を引く機関車に運転手が乗り込む有人運転だ。

もともと人を乗せるために作られた路線ではないため、軌間が610ミリメートルしかない。日本の鉄道と比べてみても、JR在来線は1067ミリメートル、新幹線は1435ミリメートルだから、その小ささが分かる。アトラクション用に作られた客車は大きくない。シートは最大二人掛けになっているものの、通常の一人掛けシートの1.5倍ほど。頭上は透明のカバーで覆われている。ただし車内は狭いが、乗り込んでみると実際の寸法と比べて圧迫感は感じない。
ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた

いよいよ発車の時間になった。前には真っ暗なトンネルの入口がぽっかりと開いている。610ミリメートル狭軌のため、トンネルが本当に小さく見えた。ロンドンの地下へと続くトンネルの中をのぞいてみたいという好奇心と、こんな狭い場所にこれから吸い込まれていくのかという不安が混ざり合った。そうこうしているうちに機関車に引かれた車両が少しずつ動きだし、観光客を乗せた客車は真っ暗なロンドンの地下路線へと引き込まれていった。

乗車前、筆者はメールレールをトロッコのように、どんどんトンネル内を進むものとしてイメージしていたが、実際はそうではない。ゆっくりとトンネル内を進んでいく。車内には順次アナウンスが流れ、その場所に合った説明がされる。トンネル内は車両すれすれの狭い部分もある一方で、人を運ぶ通常の地下鉄路線くらいまで広がった空間もある。
ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた
(c) The Postal Museum - Miles Willis

トンネル内には駅も存在する。列車はそこで停車して、乗客は客車に乗ったままプラットホームの壁に映される郵便の歴史を見る。その後も何度か駅や分岐などを経つつ、列車は最初に乗車した場所へ、ぐるりと回って戻ってくるとツアー終了だ。


第一次大戦時にロゼッタストーンをトンネル内に隠したことも


なぜメールレールを観光アトラクションとして一般公開しようと思ったのか。英郵便博物館の担当者に話を聞いてみた。

「歴史の一部を共有し、世代を通して保存していくことが重要だと思ったからです。100歳になるこのロンドンの郵便鉄道は、ロンドン市内から最終目的地まで、国や地球を巡り、手紙や小包を安全に配送することで人々と世界をつないできました。ピーク時のメールレールは1日22時間稼働し、220人のスタッフが膨大な郵便物を毎日さばいていました。これはとても魅惑的なことで、多くの人の好奇心をつかんでいます。そのため私たちはメールレールを公開することにしました」(英郵便博物館広報担当者)
ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた

メールレールは2017年9月の開業から6カ月間で7万5000人が訪れ、オープン最初の3カ月間は、販売開始から2週間以内にチケットがすべて売り切れた。1年目は年間18万5000人の来場を見込んでいるという。

「訪問者の3割から4割はアメリカ、オーストラリア、ドイツ、香港、カナダなど、イギリス国外からの観光客です。正確な統計は出していませんが、日本からの観光客も多いです。男女別に見ると男性が54パーセント、女性が46パーセントです」(同)

多くの観光客がこのメールレールに魅せられるのは、今まで一般向けに公開されていなかったというミステリアスな雰囲気にある。

「人によって興味を持つ場所は変わりますが、多くの人はメールレールの隠された地下鉄道というアイデアそのものに関心を寄せます。トンネルは当初、秘密の場所でした。第一次大戦時は、戦災を逃れるためロゼッタストーン(筆者注:大英博物館が所有する古代エジプト象形文字を解読する鍵となった石碑)が隠されたこともありました。またメールレールは世界初の無人電気鉄道でもあります。ロンドンの地下を、ロンドン地下鉄の路線と交差しながら走り、パディントン駅からリバプールストリート駅(筆者注:前者はロンドン中心部西側にあるターミナル駅、後者は同東側にあるターミナル駅)まで6カ所の出口オフィスとリンクしています」(同)
ロンドンの地下を走る秘密の郵便運送用鉄道「メールレール」に乗ってみた
(c) The Postal Museum - Miles Willis

今後、乗車できる区間の延伸計画はあるのだろうか。

「現在ある1キロメートルのアトラクション乗車区間を延伸する予定はありません。プラットホームなども大部分でそのままに残されていますし、メールレール全体の概略を正確に捉えることができます。訪問者が見逃しているところはありません」(同)

使われなくなったものを壊してしまうのではなく、産業遺産として保存し当時の歴史を後世につないでいく。それを新たな観光スポットとして転用し、リピーターを増やして街の活性化につなげる。各世代の歴史の積み重なりが目に見える形で残っていることが、ロンドンを一層魅力あるものにしているのだ。
(加藤亨延)