法要だけではない。
2005年、浅草の緑泉寺で「暗闇ごはん」というイベントが開催された。当時海外で流行していたブラインドレストラン(視覚を遮断した状態での食事体験)のコンセプトを、日本の食育の目線から実践した。
2011年、東日本大震災で人々の不安感が高まる中、南品川の常行寺で寺社フェス「向源」が始まった。お経を故人の供養ではなく生きている自分のために聞き、自己を再発見してもらうイベントだ。僧侶みずからDJとなり、仏典に節をつけた仏教音楽・声明(しょうみょう)を披露した。
以来、寺社フェスは毎年開催され、宗派や宗教を超えた僧侶たちを巻き込んで、仏教、神道、日本文化をワークショップ形式で体験できるイベントとして続いている。

目黒区の蟠龍寺(ばんりゅうじ)は、このムーブメントの中心を担う寺院のひとつ。
書家・華道家・パーカッショニストが組んだライブパフォーマンスのほか、寺ヨガ、木魚体験、吟遊詩人の弾き語りライブなど、個性的なイベントを数多く主催している。
次回開催されるのは「クリスタルボウル メディテーション」。水晶でつくられた楽器・クリスタルボウルの演奏と、僧侶の法話をかけあわせた企画だ。
一体、寺に何が起きているのか。
寺は巨大なインスタレーション
──吉田さんは以前から、アーティストやクリエイターと恊働しての寺イベントを開催されていますよね。
吉田 寺イベントの活動を始めたのは、私が港区芝の増上寺で僧侶をしていた時です。増上寺の後ろには東京タワーが建っていて、毎日たくさんの観光客が訪れます。でも、みなさん写真を撮るだけですぐに帰ってしまうんです。なんだかもったいない。ある日ふと、本堂と東京タワーの組み合わせが“巨大なインスタレーション”のように見えて。アートの切り口からお寺に人を呼べば、来た人に新しい経験を提供できるのではと考えました。
──すごく現代的な考え方ですね。
吉田 というより、昔のところに戻っている感覚かもしれないです。かつてお寺はいろんなものを担っていたんですよ。教育、医療、文化、芸術。人が集まって発信する場でした。
──お寺は時代の最先端だった?
吉田 仏教自体が大陸から輸入された、新しいものでしたからね。それが明治以降の近代化で分業が進み、今のお寺に残されたのは先祖供養と祭祀の継承だけになりました。でも、お坊さんってそこだけにとどまるものではなくて。たとえば奈良時代には、川に橋をかけて人々の暮らしを守るお坊さんがいたわけです。もともと仏教とはそういうものです。
──お坊さんが社会に働きかける存在だったんですね。現在はお寺の行事というと、檀家さんのために行われる印象がありますが。
吉田 今のお寺って、限られた人だけが利用できる、いわゆる会員制のクラブみたいなイメージですよね。これは江戸時代にできた寺請制度によるものです。本来お寺はすべての人に開かれています。私はイベントを通して、人が集まる場としてのお寺を再構築することをめざしています。

イベント会場が極楽浄土に
──そんな背景あっての、今回のイベントなんですね。クリスタルボウルって珍しい楽器ですよね。
吉田 ヒーリングや瞑想に使われています。大小あるコップのような楽器のふちをなぞると、唸り声のような不思議な音が出ます。参加者は本堂の中で自由に寝そべったりしながらこの音色を聴いて、心静かにお過ごしいただきます。
──スピリチュアルですね。お寺で聴くことにどんな意味が?
吉田 音を出すことに仏教との親和性があります。私たち浄土宗は、阿弥陀如来という仏さまが住む世界・極楽浄土に行くことを目的とする宗派です。極楽浄土には、言葉では言い表せないほど美しい音楽が流れているといわれています。お寺の本堂で音を感じる行為は、そこに通じるルートがあると思っています。
──つまり、イベント会場が極楽になるんですか。
吉田 もともと浄土宗では、本堂を極楽浄土に見立てています。お寺の本堂ってたいてい金ピカに飾ってあるじゃないですか。なぜかというと、暗いところで火をともした時に最高に輝いて見える表現なんです。

寺イベントは“安心の種まき”
──おもしろいですね。お寺がどんどん変わってきている。
吉田 お寺のあり方を考えるとき、システムと信仰を切り離して考えることが必要です。システムとは寺請制度によってできた、お檀家さんやお通夜、お葬儀、お墓などの構造ですね。しかし正直なところ、今これは制度の余韻としてぎりぎり残っているような状況です。社会が変わっている、家族のあり方も変わっている。そういった中で、私たちは伝え方を変えていかなければならない。
──では信仰とは?
吉田 信仰は“安心”のひとつのかたちです。安心は人が楽に暮らしていくための支えとなるものです。私にとっての安心のベストは信仰とお念仏ですが、それを他人に強制するつもりはありません。人それぞれのベストがあっていいと思うんです。
クリスタルボウル メディテーション ~上弦の月~
7月20日(金)19:00-20:30 蟠龍寺本堂にて
要事前申し込み。詳細はこちら。
(小村トリコ)