2016年4月の経済ニュースは、大手電機メーカーのシャープが、台湾企業の鴻海の傘下になることの話題で持ちきりとなった。日本の大手電機企業が海外の企業の傘下に入るというのは初のことである。
業績悪化が叫ばれていたシャープがどう持ち直していくかが注目されていたが、あれからどうなったのだろうか。シャープの軌跡と買収後の状況についてみていきたい。
シャープが鴻海買収によって復活 経営方針はどう変わった?
画像はシャープ公式サイトのスクリーンショット

シャープの企業情報


買収で話題になったシャープとは、そもそもどんな会社なのだろうか。事業内容から創業話まで簡単にみていきたい。

シャープの基本情報


シャープ株式会社
本社:大阪府堺市堺区匠町1番地
設立年月日:1935(昭和10)年5月
資本金:50億円(2018年3月31日時点)
事業内容:電気通信機器や電子部品の製造・販売など

身近なところでは、携帯電話や液晶テレビ、エアコン、冷蔵庫のほか、車載カメラや半導体レーザーなど、家電や電気機器の製造・販売を手広く行っている。

創業者はシャープペンシルを作っていた


シャープ株式会社の前身となる株式会社早川金属工業研究所が創業されたのは、1912年のこと。今でこそシャープは、電子機器や家電の製造会社というイメージがあるが、当時は家電とはまったく別のものを作っていた。

創業者の早川徳次が作っていたのは、今でいうシャープペンシルだ。何度も試行錯誤を繰り返して完成させた早川式繰出鉛筆は、海外のものにも引けを取らないと輸出にも成功した。

しかし、早川はそこで満足するのではなく、さらによいものを作りだそうと考える。1916年に完成させた小さい金属パイプを用いて極細の鉛筆の芯が使えるようになった改良品は、後に「シャープペンシル」といわれるようになった。

現在はシャープペンシルの開発や製造に関わっていないシャープだが、創業者・早川の、便利さや高い品質を追求する姿勢は、現代のシャープにも受け継がれている。



なぜシャープは買収されるほど経営が悪化したのか?


2012年3月期、シャープは決算で2900億円の赤字を計上。シャープがはじまって以来の巨額赤字に転じた。その後、状況は好転したかのように思えたが、2015年3月期の決算で2223億円と再び巨額の赤字を計上。結局は売却という道をたどることになる。日本をけん引する大企業の1つといわれたシャープがここまで経営悪化するのにはどんな理由があったのだろうか。
シャープが鴻海買収によって復活 経営方針はどう変わった?
シャープが展開しているアクオスブランドの液晶テレビ(画像はプレスリリースより)

時代の流れについていけなかったシャープ


赤字へと転落する以前、シャープは液晶分野で成功を収め、「アクオス」ブランドなど売り上げを伸ばしていた。シャープが赤字に陥った1つ目の原因は、まさに会社の大部分を占めていた、この液晶分野にある。2000年代、確かにシャープの液晶は売れに売れた。液晶が新しいビジネスとして伸びてきていたのもある。

しかし、シャープは液晶に頼りすぎている部分があった。日本だけでなく海外の同業他社が業績を伸ばしているなか、シャープは経営方針をシフトすることなく、液晶に大部分を投資し続けたのである。確かに当時のシャープには技術力があった。しかし過剰な自信、経営陣の舵を切る方向への誤りは大きな失敗を招く。

当時開拓されていたアジア市場において液晶の需要はあったが、機能よりもいかに低価格化するかが重視される傾向へと変わってきていた。
しかし、シャープはそうした傾向を無視し、今まで売れていた経験を重視した。結果、海外の同業他社に追いつかれ、液晶分野での栄光は過去のものになってしまう。

また、シャープが時代の波に乗れていなかったのも原因だ。ある程度先を見越したマーケティングや経営指針が見いだせなかったのだ。2012年の赤字を回避するために、その後太陽光電池などへシフトする動きがあったが、政府が売電価格の見直しを実施。太陽光分野でのシフトも難しくなっていった。

さらに2012年の大赤字時点で軌道修正をすればよかったのだが、シャープが実施したのは社員のリストラと不動産の売却だ。これらの方法は、目先の資金調達をするための方法でしかなく、シャープが抱える根本的な問題の解決にはならなかった。スマートフォン用の液晶パネルに絞る戦略を実施したりもしたが、時すでに遅し。大幅な赤字回復にはつながらなかった。

もちろん、いろいろとタイミングが悪かった部分もある。しかし、ある程度リスク回避をして経営を見直せば巨額の赤字にまで膨れ上がれなかったかもしれない。
また、赤字が出てから早急に軌道修正していかなかったのも経営悪化の理由だ。


台湾の企業「鴻海(ホンハイ)」が買収


度重なる赤字により岐路に立たされていたシャープは、大きな決断を迫られることになる。結果として、会社を再生するために2016年4月2より台湾の企業・鴻海(ホンハイ)の買収により傘下に入ることが決まった。これは日本の大手電機メーカーでは類をみない異例の事態だった。

そもそも、シャープの買収が決まったとき、鴻海という聞きなれない言葉に驚いた人もいたかもしれない。鴻海(鴻海精密工業)は、EMSという分野で成長してきた企業なので一般消費者の認知が低いのも無理はない。

鴻海は企業向けのビジネスを展開している企業で、家電や電子機器などのメーカーから依頼を受けて巴中されたものを生産するという形をとっている。鴻海の顧客となっているのは、アップルなど世界的な企業も多いといわれており、EMS分野では世界でもトップを走る企業だ。その売上高は、日本の大企業といわれている会社をも上回る。

そんな世界でもトップクラスの企業がなぜシャープに目を付けたのだろうか。実は、鴻海がシャープに目を付けたはじめたのは買収以前からだ。シャープの業績が悪化して多額の赤字が計上された2012年、鴻海会長の個人資産によって、世界でもトップクラスの液晶パネルの生産効率設備を有していたシャープの工場が買収されている。

鴻海が目を付けたのは、シャープというブランドではなく、シャープの持つ液晶パネル技術だった。
前述したように鴻海のビジネス形態はEMSであるが、受注している生産の多くが、スマートフォンやパソコンなど液晶パネルが必須の電子機器であるためだ。鴻海では、ビジネス形態は確立していたが、重要なカギを握る液晶パネル分野において他社との競争に弱いという欠点があった。

激しい競争が繰り広げられる液晶パネル分野において、これから新しく技術を築いていくのは難しいものである。そこで、経営悪化で今にも倒産寸前だったシャープの液晶技術に目を付けたのだ。シャープの液晶パネルの技術と、鴻海の持つ資金力、そして鴻海の誇る顧客が揃えば、つぶれかけ寸前だったシャープの液晶パネルは息を吹き返す。

また、過去の会見では、液晶パネル一本で勝負していくことは難しいと鴻海のトップは語っている。そこでシャープを使って取り組もうとしているのが、IoT(モノのインターネット)という分野なのだという。


鴻海による買収後のシャープはどう変わったのか


鴻海が買収してからシャープはどのように変わっていったのだろうか。買収後のシャープの経営方針、事業について比較してみたい。

鴻海買収によって行われた改革


当初、鴻海のシャープ買収によってシャープの赤字経営は2~3年をめどに改善していくだろうと予想されていた。しかし、実際には2~3年どころかわずか1年で黒字に転換した。鴻海社長であり、シャープの社長と会長を兼任する戴正呉氏の経営手腕の高さがうかがえる。

戴氏がまず取り組んだのは大幅なコストカットだ。悪い慣習が続いていたシャープでは、条件の悪い契約や割高な材料費の価格などが経営を苦しめる原因の1つになっていた。
過去には担当者の一存で不必要な多額の契約が結ばれたこともある。戴氏はそうしたシャープの悪い慣習を抜本的に見直すことから手を付けた。300万円を超えるようなやり取りは、社長である戴氏自らが関わるという。この執拗なまでのコストカットが、原価の減少や引当金の減少に繋がり、黒字転換の一因となった。

さらに従業員の待遇についても見直しを図る。従来の日本企業は、年功序列で年を取るごとに給与がアップするような仕組みが多いが、そうした給与や賞与の仕組みを大幅に見直した。賞与は給与の4カ月をベースに、1~8カ月の間で調整。より会社に貢献したりした社員を厚遇するという仕組みだ。新入社員についても専門性を考えて等級を付け、入社して間もないころから一社員としてのやりがいを感じられるように見直しが図られた。

当初課題とされていた、鴻海買収による社員の流出を抑制する狙いがある。また、戴社長がいうには、一度シャープを辞めた社員でもいつでも歓迎するとのことだ。

経営改革とともにシャープの路線も変更された


強みの液晶パネルを全面に押し出してきた買収以前のシャープだったが、それが裏目に出る形で経営難に追い込まれていった。
戴氏は液晶の良さを残しつつ、将来も持続可能なビジネスを展開するべくシャープの路線を変更。

シャープの新たな事業方針については、「8KとAIoTで世界を変える」を掲げている。AIとIoTに技術を組み合わせ、人に寄り添うIoTを主体に進めていくこと。また、液晶分野ではシャープの技術力を駆使してさらなる高画質化を進め、8K(フルハイビジョンの16倍の画素数)路線を推し進めていく方針だ。

こうしたシャープの改革の功もあってか、2017年にはシャープの株価が大幅に回復していった。底値は2016年の7~8月あたりの1株1,000円付近であったが、2017年3月決算後の4月には1株5,000円近くにまで回復。2018年7月時点の株価は、2500円当たりを行き来しているが、底値の時期と比べたらだいぶ回復してきている。

日本の大企業であるシャープが、海外の企業の傘下になったことで当時は大きな衝撃があったが、結果的に買収は成功した。悪しき習慣を見直して、シャープが存続していくためには必要な手続きだったのかもしれない。

これからシャープがどのようにして社会に影響を与えていくか、鴻海の戴氏の展望や経営手腕に注目していきたい。
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