差別に臆さないマイノリティーの声 欧州最大の独LGBT祭りに行ってみた
祭り会場のビールスタンドにあった人形

今夏7月21日、筆者はベルリン西部の地下鉄駅、ノーレンドルフプラッツ駅にいた。駅を行き交う人たちは、ドラァグクイーンのような格好をしていたり、レイザーラモンHGのように黒革で全身のコーディネートを決めていたり、思い思いの服装だ。
駅前に伸びるモッツ通りからは、にぎやかな音楽も聞こえてくる。

この日は2日間にわたって開催された「レズビアン・ゲイ祭り」の初日。今年の同祭は「同じではない人にも同じ権利を!」というスローガンのもと開かれ、来場者はおよそ35万人。LGBT(性的マイノリティーの総称のひとつ)をテーマにした地域の夏祭りとしてはヨーロッパ最大規模だ。

この祭りのきっかけは、1990年代初めにドイツで起きた同性愛者への暴行事件だ。当時、同性愛者に対する社会の差別は根強く、特に旧西ドイツでは同性愛は刑法によって処罰の対象と定められていた。1990年には同法律に違反した罪で10人が刑務所に拘留されている。90年代初頭のLGBTのパレードは、参加者が白い目で見られることは常だった。唾を吐きかけられ、物を投げられた。

「レズビアン・ゲイ祭り」の第1回目は、このような状況において企画された。「LGBTに対する暴力にひるまず、堂々とする」という決意を表明するためだ。26回目を数えた今年も反差別の姿勢は変わっていない。

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祭り会場に設置された舞台


装飾で反差別の意思表示「肝心なことは人間だということ」


通常の祭りイベントとは異なり、「レズビアン・ゲイ祭り」の屋台には特徴がある。出店する各屋台が、デコレーションに工夫を凝らしている点だ。各店はこの装飾によって祭りの趣旨への賛同を示している。なかでも目を引いたのは、ビールの屋台に飾られていたトランスセクシュアルの人形。間違いなく今年一番インパクトがあったデコレーションだ。

政府機関もスタンドを出す。こちらは他の屋台に比べて派手さにかける分、粗品をプレゼントすることで注目を集める作戦だ。今年初めて参加した連邦家庭・高齢者・女性・青少年省は、机いっぱいにボールペンやエコバッグを並べ、愛想良く来訪者に対応していた。
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警察スタンドに掲げられたLGBTチームのポスター

同祭は各政党や各種団体にとってもメッセージを発信する絶好の機会である。それぞれのスタンドは「あなたのままで」「肝心なことは人間だということ」というメッセージを掲げ、これらの文言をステッカーやポストカードに印刷し配布した。
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緑の党の配布物「あなたはあなたのままでいい」

多くの組織がこの祭りに賛同する一方で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」はこの祭りに参加していない。同党は同性愛や同性間の婚姻に反対しており、90年代初期と変わらない価値観を掲げているからだ。AfD党は連邦議会に議席を持ち、近年急速に勢力を拡大している政党だ。
地域によっては、これまで第2党であった「ドイツ社会民主党」を抜く勢いである。


ナチスにより否定された多様性


祭りのメイン会場となったモッツ通りとその一帯は、性的多様性によって栄えてきた。現在でもLGBTシーンをけん引する地区として有名だ。一方で、その多様性ゆえに弾圧された歴史も持つ。この通り一帯は、誰でも受け入れるリベラルな地区として1900年頃から親しまれていた。特に1920年代には歓楽街の中心地となり、バーや居酒屋、女装ショーや男装ショーの有名劇場が存在する、にぎやかな場所だった。

しかし、ナチスが政権を握ると同時にこの地区の繁栄も終わりを迎えた。多様性に富んだモッツ通り一帯はナチスの一斉検挙の標的となり、多くの被害者を出した。当時モッツ通りに事務所を構えていたジャーナリスト、ディーツ・クリーテは、同性愛者という理由でパートナーとともにナチスの強制労働収容所、ザクセンハウゼンに送られ、そこで命を落としている。
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ナチスにより犠牲になった同性愛者への追悼碑

現在、ノーレンドルフプラッツ駅にはナチス政権下で犠牲になった同性愛者のための追悼碑がある。祭り当日はこの碑の前に供物が置かれ、弾圧の犠牲者に思いをはせる参加者も少なくなかった。

弾圧の歴史を乗り越えて開催されるLGBTの祭りは、声をあげる勇気を出したLGBTとその声を聞き逃さなかった多数派の両方の力で盛り上げられている。

(田中史一)
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