「もののけ姫」 ジブリ・宮崎駿の傑作にまつわるトリビアとは
画像出典:Amazon.co.jp「もののけ姫

1997年に公開された宮崎駿監督のアニメーション映画「もののけ姫」。構想に16年、制作に3年をかけた超大作、興行収入は193億円で当時としては新記録。
20年以上前の作品ですが、未だ人気の作品です。今回はもののけ姫のあらすじや登場人物、キャストといった基本情報から、作品にこめられたメッセージ、主題歌、そして雑学に至るまで、内容盛りだくさんでお送りします。

あらすじ

まずはもののけ姫がどんなお話なのか、あらためて振り返ってみましょう。

舞台は室町時代ごろの日本。大和朝廷から独立しようとして戦い破れたエミシの村の少年、アシタカが主人公です。彼は巨大なイノシシと戦い右腕を負傷。実はイノシシの正体はナゴの守という人間に恨みをもつタタリ神で、アシタカは右腕が呪われてしまいます。


半ば村を追い出される形で、アシタカは呪いを解くために、そしてナゴの守とは何者なのかを知るため、ナゴの守がやってきた西に向かう旅に出ました。途中、ジコ坊という謎の男と出会います。ジコ坊からシシ神と呼ばれる神ともののけが住む森のことを聞いたアシタカは、腕を治す手がかりを掴むために森へ向かいます。

道中アシタカが偶然出会ったサンという少女に出会います。彼女のそばには大きな白い山犬がいて、アシタカは直感的に「彼女が森のことを知っている」と思い、サンに声をかけます。しかし、彼女はアシタカを睨み、「去れ!」と拒絶しました。
彼女こそが山犬モロの君に育てられた人間の子「もののけ姫」だったのです。

山犬たちに襲われた男たちを助けたアシタカは、彼らを住んでいる村へと運びました。その村には、鉄を作るタタラ場があり、エボシという女が治めていました。彼女は山に住むもののけから守るために「石火矢」という火縄銃のような武器を村人に作らせていて、アシタカを襲ったナゴの守に傷を負わせたのもエボシが原因でした。

エボシは鉄を作り、人間が豊かになるよう自然を切り開いていたのですが、住まいを奪われるもののけたちの怒りを買うことになります。
エボシに怒りを覚えつつ、救われた人間もいることに迷いを感じ始めたアシタカの前に、サンがエボシの命を狙って再び現れます。
エボシとサンの戦いをいさめようとしたアシタカは、石火矢で深手を負いながらもサンを救出。最初は自分を助けたアシタカを殺そうとしていたサンですが、アシタカと接しているうちに徐々に心を開いてきたのです。

しかし、もののけたちと人間との戦いは激しさを増していきます。

もののけ姫の舞台とは


もののけ姫は中世から近世へ移りつつある時代の物語。鹿児島県の屋久島と青森県と秋田県にまたがる白神山地が物語のモデルとされています。

屋久島は島の21%がユネスコ世界遺産に登録されています。標高1000m級の山々が並び、ブナの原生林が広がる白神山地も同様にユネスコ世界遺産に指定されています。


監督の宮崎駿さんはもののけ姫の制作にあたり、何度も現地に足を運び、もののけ姫の世界観を作り出したそうです。

ハンセン病患者を描いた作品


もののけ姫には、実はハンセン病について描かれているという裏設定があるそうです。ハンセン病とは、らい菌という抗酸菌が皮膚や末梢神経に感染して起こる病気で、皮膚に紅斑や白斑やただれといった症状が現れるほか、感覚障害や視覚障害などが発生します。

もののけ姫の舞台となった中世のころには「仏罰・神罰の現れ」とされ、人間扱いされなかったそうです。江戸時代になると四国八十八ヶ所や熊本の加藤清正公祠などに巡礼をさせ、その結果乞食のような生活を余儀なくされてきたといいます。

昭和に入ると差別がますます激しくなり、患者は隔離治療を余儀なくされていきました。さらに、1930年代~1960年代にかけて「無らい県運動」という、ハンセン病患者を地元から排除しようという動きが各都道府県で活発になりました。


もののけ姫では、全身に包帯を巻いた村人が石火矢を作っている描写が見られます。彼らの表情はどこか悲しげです。

村を治めるエボシは自然を破壊する悪者のような印象を与えられますが、一方で病を患った人たちに仕事を与えている救世主という一面ももっているという見方ができます。一方でタタラ場の仕事は重労働であり、村人たちは過酷な環境に強制的に置かれているという見方もあります。

もののけ姫とハンセン病の関係は公式に語られているわけではありませんが、宮崎監督はシンポジウム「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」のなかで「実際にハンセン病らしき人を描きました」「そうした病気(ハンセン病)を持つ人たちを知ってほしかった」と語っています。

先ほどご紹介したようにタタラ場は隔離された場所。
タタリ神に呪われたアシタカは自分が住んでいた村を負われ、タタラ場があるエボシの村で行きていく。その姿をハンセン病患者の人々と重ね合わせたとも見られます。


「もののけ姫」の登場人物

それでは次にもののけ姫の主な登場人物について見ていきましょう。

アシタカ


物語の主人公。大和朝廷との戦いに破れて追いやられたエミシの末裔です。もともとエミシの王になることを期待されて教育を受けてきたので、どこか気品を感じさます。正義感が強い性格ゆえに、タタリ神から村を守ろうと戦い、呪われ、村を追い出されるという不条理な運命をたどることになります。

サン


人間の子でありながらも山犬に育てられた15歳の少女。彼女こそがこの映画の主題である「もののけ姫」です。人間から生贄として差し出されたのをきっかけに山犬に育てられることになり、人間への強い恨みから、エボシの村を何度も襲います。しかし、主人公のアシタカと出会い、人間としての感情を徐々に取り戻し、もののけとの間で心が揺れ動く描写が見られます。

モロの君


三百歳になる犬神。白くて大きな体と、二本の尾が特徴です。生贄として差し出されたサンを拾い、自分の子供として大切に育てました。もともと温厚な性格だったが、自然を破壊する人間に対しては強い憎しみをもち、エボシの村を襲っています。

乙事主


四本の牙をもつ大きくて白いイノシシの神。五百歳という高齢のため、目は見えませんが、代わりに鋭い嗅覚をもっています。ナゴの守がアシタカに破れたのをきっかけに、シシ神の森にやってきました。

シシ神


無数の動物の様態が組み合わさった姿をした山の神。生と死を司る神様で、傷を癒やすこともできれば、命を吸い取ることもできます。夜になるとデイダラボッチに変化し、その状態で太陽の光を浴びると絶命してしまいます。

エボシ


タタラ場の村を治める女性。冷静沈着で頭脳明晰。自らの繁栄のために自然を破壊してして、必要であれば村人を切り捨てるなど、冷酷な印象が強く、神々から恨みを買っていますが、一方で村人からはリーダーとして慕われています。

ジコ坊


物語の序盤で主人公のアシタカに出会い、森について教えます。その正体はシシ神を狙う「唐傘連」のリーダーです。また、石火矢という火砲を扱う兵士の集団「石火矢衆」のリーダーでもあります。

大侍


鉄を手に入れるためにエボシの村を襲う武士です。物語ではエボシの村と神々、そしてこの大侍たちが争いを繰り広げます。

コダマ


森に住む精霊で、シシ神たちと異なり人間に敵意がなく、アシタカが森で迷ったときには道案内をしています。白くて小さく、黒い目と口をもつ、不気味なようで可愛げもある姿をしています。

ナゴの守


イノシシの神。かつてエボシによって深い傷を負い、タタリ神としてエミシの村を襲撃。アシタカに弓で射られるも、死と引き換えにアシタカに呪いをかけました。


美輪明宏など声優以外が声をあてる


もののけ姫の世界観を作り上げる上で欠かせないのが豪華な声優陣。続いては、もののけ姫のキャストについてご紹介しましょう。

アシタカ:松田洋治


5歳で劇団ひまわりに入団した実力派の俳優です。大河ドラマ「草燃える」「徳川家康」「北条時宗」をはじめ、「太陽にほえろ」「大江戸捜査網」など数々の名作に出演。声優としてはもののけ姫のほか、同じジブリ作品である「風の谷のナウシカ」や「時をかける少女」、映画「タイタニック」でレオナルド・デカプリオ演じる主人公のジャック・ドーソンの吹き替えも務めました。無口でありながらも正義感が強くて優しいアシタカを見事演じあげました。

サン:石田ゆり子


代表作は「美味しんぼ」シリーズ、「静かなるドン」「101回目のプロポーズ」など。声優としては「真救世主伝説 北斗の拳」でユリア役を務めたほか、ジブリ作品「平成狸合戦ぽんぽこ」にも出演しています。また、石田さんはヒロインであるサン以外にもエミシの村でアシタカの許嫁だった少女、カヤも演じています。

エボシ:田中裕子


連続テレビ小説「マー姉ちゃん」でデビュー。ほかにも「おしん」「わかば」「まれ」と連続テレビ小説には4作品出演しています。特に「おしん」ではヒロインであるおしんを演じ、日本だけではなく海外でも評判が高い女優です。知的で凛としたエボシの声は印象的です。

ジコ坊:小林薫


代表作は「ナニワ金融道」「Dr.コトー診療所」など。映画では「休暇」や「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」などに出演。ダンディーなイメージがある小林さんですが、もののけ姫ではしたたかで飄々としたジコ坊を演じました。そのギャップに驚いたファンも少なくないようです。

甲六:西村雅彦


「古畑任三郎」「王様のレストラン」「笑いの大学」など三谷幸喜作品でおなじみ。コミカルな役柄が印象的ですが、もののけ姫でもちょっとドジな牛飼い甲六を演じました。

ヒイ様:森光子


2012年に他界した大女優・森光子さんも、もののけ姫に出演。エミシの村をまとめる老巫女で、アシタカに西に向かうように告げた人物です。

牛飼いの長:名古屋章


代表作は「HOTEL」「刑事くん」「柔道一直線」。声優としては「ひょっこりひょうたん島」のドン・ガバチョを演じました。名脇役と言われた名古屋は、もののけ姫ではガタイの良い牛飼いの長を担当。パワフルな名古屋の声がぴったりマッチしていました。

モロの君:美輪明宏


サンの育ての親である犬神、モロの君を演じたのはシャンソン歌手であり、「オーラの泉」で愛の伝道師を務めた美輪明宏さん。当初、美輪は「近寄りがたい威厳がある神」をイメージして演じたが、モロの君はもともと穏やかな神。宮崎監督からイメージが違うことを指摘され、女らしく柔らかいという、全く真逆のイメージで演じるようになったというエピソードがあるそうです。

以上のように、そうそうたるメンバーが声優として演じたもののけ姫。声優陣を見ただけでも、この作品の凄さが感じられますね。


米良美一の主題歌も話題に

もののけ姫を観たことがない人でも、主題歌である「もののけ姫」を耳にしたことがあるのではないでしょうか。印象的なのは、心が洗われるような透き通った声。心にグッと込み上げるものがあります。このもののけ姫を歌い上げているのは実は男性。カウンターテナーの声楽家・米良美一さんです。

宮崎県成都市出身。3万人に1人といわれる先天性骨形成不全症を患っていました。骨が生まれつき弱く、骨が変形しやすい病気です。幼少期には骨折を繰り返していましたが、演歌や民謡を覚えて人前で歌うことで喜ばれ、それを原動力に難病にもくじけず声楽家になりました。また、音楽が自身の人生の支えとなっていたそうです。

足洗学園音楽大学にトップの成績で入学。ソプラノ歌手顔負けの美声で、大学を主席で卒業後、数々のコンクールで賞を受賞してきました。

そんな米良さんの名を日本に知らしめたのがもののけ姫なのです。
2015年にはクモ膜下出血を患い入院しましたが、見事に復帰して全国で活躍しています。


こだまがトトロになる? 「もののけ姫」トリビア

さて、ここからはもののけ姫のちょっとした雑学をご紹介します。

タイトルは「アシタカせっ記」になる予定だった


宮崎監督は、作品を制作している途中で「アシタカが主人公だからアシタカせっ記のほうが良いのでは」と思ったそうです。せっ記は監督が作った造語。「草に埋もれながら人の耳から耳へと語り継がれていく物語」という意味があります。そこで、タイトルを「もののけ姫」から「アシタカせっ記」に変更するようプロデューサーである鈴木敏夫さんに相談しましたが、鈴木さんは「もののけ姫の方がタイトルとして優れている」と判断。監督に無断で、「もののけ姫」を押し通して公開に至ったそうです。ちなみにアシタカせっ記はもののけ姫のメインテーマの曲名に採用されています。

エボシは死ぬはずだった?


制作時点では実はエボシは死ぬ予定でした。宮崎監督は作曲を担当した久石譲さんから「エボシは作中で死なせたほうが良いのでは」と提案を受け、エボシが戦いに破れて死ぬ方向で一旦制作が進んでいました。しかし、宮崎監督はエボシの死が描写しきれないとしてスタッフと協議した上でエボシを生かすことにしたのです。

最後は自分の行いを反省し、村の再建を決意したエボシ。もし、エボシが死ぬストーリーのままだったら、まったく違うクライマックスになっていたでしょうね。

コダマがトトロになる?


ジブリの名作といえば「となりのトトロ」。実はもののけ姫に登場する森の精霊コダマは成長してトトロになるそうです。物語の終盤でシシ神が死んだ森の中で一匹のコダマが登場するシーンがありますが、そのコダマがトトロになると宮崎自身が論理づけたそうです。

一度滅んだ森が長い年月をかけて復活し、コダマが大きくなってトトロに進化するというのが宮崎監督のイメージなのだとか。大トトロはグレーの体をしていますが、確かに小トトロは体が白く、どことなく似ているかもしれません。

キャッチコピー「生きろ。」が生まれるまで


もののけ姫のキャッチコピー「生きろ。」は糸井重里さんが作りました。糸井さんは日本を代表するコピーライターで、もののけ姫以前のジブリ作品のキャッチコピーも担当していました。これまでの作品のキャッチコピーでも辣腕を発揮してすんなりと決まってきたそうですが、もののけ姫に限っては次々とボツに。プロデューサーからも厳しくダメ出しされ、ノイローゼになりかけたということです。20本以上の案がボツとなり、「生きろ。」というキャッチコピーが生まれました。

ちなみにボツになったキャッチコピーには「おそろしいか。愛しいか。」、「惚れたぞ。」「人間がいなきゃよかったのか」「ハッピー?」「LIFE IS LIFE!」などがあります。