NY大医学部の授業料免除は成功するか 高騰を続ける米大学授業料

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。

今回紹介したいのは、アメリカの高等教育にかかるコストの問題だ。
授業料だけで年間5万ドル以上かかる有名大学は珍しくなく、結果的に多くの学生が学生ローンから授業料を払って卒業するのだが、多くの卒業生が大学卒業から間もなくして莫大な借金の返済に追われるという問題も発生している。大学の学費そのものがアメリカの社会問題となるなか、ニューヨーク大学は8月、全学生の学費を事実上全額無料にする奨学金の導入を発表した。

1年間の学生生活のコストは1000万円にも
右肩上がりを続ける大学授業料


NY大医学部の授業料免除は成功するか 高騰を続ける米大学授業料

米東部マサチューセッツ州ボストンには、周辺のエリアも含めると、実に35もの大学があり、その中にはハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)といった、日本でも名前がよく知られた名門校も含まれている。そのボストンで、1970年代に地元の名門大学として知られるボストン・カレッジに通っていた写真家の男性が、先日興味深い話をしてくれた。

「僕が学生だった頃、1年間の授業料は数千ドル程度だった。家賃や生活費を入れても、アルバイトを少しすれば、問題なく学生生活ができる時代だった。学校側が授業料を数百ドル上げようとするだけで、学生がキャンパスで抗議集会を行う。
そんな時代だった。今は数百ドルの値上げなんて、学生も親も気付かないのでは?」

たしかに現在のアメリカにおける大学上業料の高騰ぶりを聞いていると、数百ドルの値上げが行われたとしても、その値上げに気付く学生は少数派ではないかと思われる。筆者は2000年と2001年にボストンにある別の学校の大学院で学んだのだが、当時と現在では学費が1万ドル以上も上昇していた。アメリカの大学の学費が高いという漠然としたイメージは日本にも存在するが、実際にはいくらくらいのコストがかかるのだろうか?

「USニュース」誌は昨年9月、アメリカで最も授業料が高い大学をランキング形式で発表している。同誌によると、アメリカで最も授業料の高い大学はニューヨークにあるコロンビア大学で、年間の授業料は実に5万7000ドル(約630万円)に達している。これは大学の授業料平均になるため、学部によっては授業料が5万7000ドルを超えるものもある。
また、家賃や生活費、教材の代金なども考えた場合、コロンビア大学で1年間学ぶのにかかるコストは1000万円近くにまで達する。

コロンビア大学の年間授業料の高さには驚きを隠せないが、前述の「USニュース」誌が発表したアメリカ国内の大学授業料ランキングによると、4位から10位にランクインした大学の学費も年間5万4000ドル台で、コロンビア大学とそれほど大きな差があるわけではない。非営利団体「カレッジボード」が発表した最新のデータによると、アメリカの私立大学における年間授業料の平均は約3万4700ドル(約380万円)、州立大学などの公立校でも約1万ドル(約110万円)に達しており、高等教育にかかるコストが非常に高いアメリカ社会の現実が垣間見える。


大きな社会問題へと化した学生ローン
ニューヨーク大学の試みは成功するか


子供の大学進学に備えて、計画的に貯蓄をする家庭もあるが、右肩上がりで上昇を続ける学費を捻出するのは容易ではない。カレッジボードの調査によると、2018年に3万4000ドルを突破した私立大学の平均授業料は、30年前の1988年には1万5200ドルであった。30年で倍以上になった授業料だが、4年通えば授業料だけで13万6000ドルとなり、米中西部アイオワ州の住宅販売価格の平均とほぼ同額となる。
日本でも大学の授業料値上げがニュースになることがあるが、4年分の授業料が一軒家を購入できる額になるというイメージを抱くのは難しい。

結果、多くの学生が学生ローンから借金をして、大学の授業料を支払うことが珍しくなくなってしまった。アメリカにも様々な形での奨学金が存在し、返済義務のないものも少なくないが、推定で2000万人いるとされる大学生すべての授業料をカバーすることは不可能だ。最新の調査では、アメリカ国内で学生ローンによる借入額の合計が、今年初めて1兆5000億ドル(約165兆円)を突破し、大学4年生の約70パーセントが学生ローンを利用していることが判明した。卒業生は、平均で約2万9000ドル(約300万円)の借金を背負って社会に出ることになり、ローンの返済が大きな負担となっている。

大学の授業料はアメリカでは誰もが顔を暗くする話題だが、ニューヨーク大学の医学部が8月に発表した「奨学金」の導入は、全米の学生やその家族の表情を少しだけ明るくすることができるかもしれない。
8月16日に白衣授与式(臨床実習をスタートさせる学生に白衣を与えるイベント)で、ニューヨーク大学医学部の全学生を対象に、授業料を全額カバーする奨学金を、全ての学部生が無条件で利用できることが発表された。奨学金は授業料のみに適用され、住居費や生活費は学生自身が確保する必要があるが、これだけで年間約600万円がセーブされることになる。アメリカでは有名私立校の医学部とロースクールの授業料がとりわけ高く、トップクラスの医学部に通った場合、学生ローン利用者は卒業後に20万ドル(約2200万円)の借金を抱えるといわれている。

ニューヨーク大学医学部は11年前から、この奨学金プロジェクトを実現させるための資金集めを開始し、現時点で少なくとも今後10年は全学部生が奨学金を利用できるという見通しを明らかにしている。授業料の高騰によって、能力のある学生が医師の道を経済的な理由から諦めなくてはならないという状況を変えたかったというニューヨーク大学の試みは、他の大学にも広がりを見せていくのだろうか。

(仲野博文)