アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。今回取り上げるのは、スペインで話題になった「美術品の修復」だ。
失敗が相次ぐ美術品の修復作業 「棚からぼた餅」の結果に歓喜する町も

木製の聖母子像に奇抜なペイント
修復作業の丸投げは大きな問題に




サルバドール・ダリやパブロ・ピカソといった世界的に知られる画家の生誕地でもあるスペインで、修復作業に失敗した絵画などの美術品が無残な姿に変り果てるという事例が過去6年の間に何度か世界的なニュースになり、美術愛好家のみならず、多くの人に衝撃を与えている。

9月には聖母子像のペインティングの酷さがスペイン国内外のメディアによって取り上げられ、15世紀に作られた木製の像が常識では考えられないような配色でペイントされてしまったのだ。「事件」が発生したのは、スペイン北部にあるエルラニャドイロという小さな村。もともとは木目がそのままであった彫像に、無償での修復作業に名乗り出た地元在住の女性が、派手な色付けを施してしまったのだ。

約500年前に作られた聖母子像は聖母マリアと、彼女の母アンナが、幼少期のイエス・キリストを抱いている様子をモチーフにして作られており、木彫りの彫像が年月とともに醸し出す色具合も素晴らしいものであった。16世紀に作られたということもあり、保存や細かな修復は必要とされていたものの、そもそもペイントは一切施されていなかった。

しかし、地元の女性によって施された修復作業によって、聖母マリアの服はピンクやスカイブルーに塗り替えられ、イエス・キリストの着衣も黄緑色に変えられた。また、マリアと母親のアンナの顔は厚化粧風にペイントされ、多くの人を唖然とさせた。複数の地元メディアの報道によると、「修復」で使われたのは産業用に用いられるエナメル塗料で、木彫りのよさを消してしまう光沢に対する落胆の声は少なくない。

ペインティングを行った地元の女性は地元メディアに対し、「私はプロではないが、ベストを尽くした」とコメントしており、修復作業は地元の教会から許可を得て行ったことを強調。スペインでは古い美術品を含む文化財の保護を積極的に行うべきだという声が少なくないが、予算や人材といった面で限界があり、地方の小さな町ではボランティアとして手をあげた人物に、地元行政や教会が修復作業をそのまま丸投げしてしまうケースも。結果、修復するはずの美術品などが、修復前よりもひどい状態になってしまう事が問題となっている。

スペインでは6月にも北部のエステーリャという町で、地元の美術教師が聖ジョージ(キリスト教の聖人のひとり)の木彫りの像にペイントを行い、大きな騒動になっている。この聖ジョージ像も16世紀に作られたものだが、完成時に塗料で色付けされており、そのほとんどが剥げ落ちた状態であった。美術教師は聖ジョージ像の清掃のみを地元の教会から打診されたが、その際に何らかの勘違いが生じ、ペインティングまで行ってしまったという説もあるが、真相は明らかにされていない。

相次ぐ修復ミス
結果的に町おこしとなった例も


修復作業後のトラブルは、スペインに限った話ではない。ロシア南部の町クラスノダールでは、市中心部にあるレーニン像の修復が行われたが、修復後にレーニンとは似ても似つかない顔に変り果て、市民を落胆させた。また、修復という範疇を超えたプロジェクトに批判が集まることも。ジブラルタルにも近いスペイン南部にあるマトレラ城は、9世紀にアラブ人によって建設されたもので、ヨーロッパとアラブの関係を知る上でも貴重な建造物だったが、老朽化によって城砦がかろうじて残っているという状態であった。地元の自治体は業者に城砦の修復を依頼したのだが、出来上がったのは城砦を外壁に利用したコンクリートの新しい建物であった。この修復に対する批判が噴出したことは想像に難くない。

スペインで相次ぐ「修復作業のミス」は、前述のとおり予算や人員が足りないことが大きな原因なのだが、これを逆手にとって町おこしに利用した自治体も。この手の話で最も有名なエピソードとして知られているものだが、2012年にスペイン北東部のサラゴサ近郊の町ボルハで、地元の教会に保管されていた110年前のフレスコ画が、同じ教会で働く80歳の女性によって「修復」された。

このフレスコ画には「この人を見よ」というタイトルが付けられ、鞭打ちの刑を下されるイエス・キリストをモチーフにして、彼の苦難の表情を描いた作品であったとされている。サラゴサ出身で、地元の美術学校で教鞭をとっていたエリアス・ガルシア・マルティネスによって描かれたイエス・キリストの姿は、絵を描くことが趣味だという80歳の女性によって誰かすら判別できない姿に変えられてしまった。「どちらかといえば、サルに近いのでは」と、メディアはこの女性の修復技術の酷さを嘆いた。この女性は長年にわたって風景画を描いてきたが、人物画を描いた経験はほとんどなかったのだという。

当初は彼女への批判が相次いだが、悪い話ばかりではなかった。修復された「この人を見よ」があまりにも酷かったため、それを実際に見てみたいと考えた観光客がスペイン国内外からボルハを訪れるようになり、町は予想外の観光収入を得ることに。インスタグラムなどのソーシャルメディアとの相性がよく、教会に飾られた「この人を見よ」の写真は地元の人や観光客によって拡散されていった。フェイスブックにはこの女性のファンページまであり、1万人を超えるメンバーがいる。また、修復版「この人を見よ」の写真を使ったグッズも作られ、ワインのラベルにまで用いられたほどだ。アマチュア画家の彼女の作品も、ネットオークションで数百ユーロの値で落札されたのだという。落札されたのが、人物画か風景画かは不明だ。
(仲野博文)