「疑惑の人物」が最高裁判事に就任 保守層に有利な判決出る可能性

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。

今回取り上げるテーマは、過去の性犯罪疑惑が取りざたされた人物が、アメリカの連邦最高裁判所の判事に就任したという話だ。
米連邦議会上院は6日、過去の性暴力疑惑が取りざたされていたブレット・カバノー氏の連邦最高裁判事就任を、50対48の僅差で承認した。保守派として知られるカバノー氏は同じ日に連邦最高裁判事に正式に就任し、9人で構成される最高裁判事のうち、5人が保守派で占められることになり、アメリカ社会の方向性を左右する最高裁判決にも影響が出るのは必至だ。

僅差で承認されたカバノー氏
多くの性犯罪被害者が沈黙を破るきっかけにも


「疑惑の人物」が最高裁判事に就任 保守層に有利な判決出る可能性

9月にアメリカ国内外で話題となったハッシュタグがある。「私が通報しなかった理由」を意味する「#WhyIDidntReport」というハッシュタグは、性犯罪の被害に遭いながらも、家族や友人との関係を考慮して、警察に通報しなかった被害者達が、ソーシャルメディア上で過去の被害について言及する際に用いた。昨年10月には女優のアリッサ・ミラノらが、過去に受けた性暴力やセクハラへの沈黙を破ろうと、「#MeToo」というハッシュタグをつけて被害者への呼びかけをスタート。この流れは社会全体に広がりを見せ、ハリウッドでは、映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインや人気俳優のケビン・スペイシーは過去のセクハラや性暴力を暴露され、表舞台から姿を消した。

「#WhyIDidntReport」が多くのユーザーに使われた背景には、同じ頃に米連邦最高裁判所の新たな判事としてトランプ大統領から指名を受けたブレット・カバノー氏に対し、3人の女性が過去に性暴力の被害に遭ったと告発したことがあり、性犯罪被害者が長年の沈黙を破るきっかけとなった。
FBIはカバノー氏の過去の性犯罪疑惑について調査を行い、議会上院でカバノー氏の承認を問う投票が行われる前に調査報告書を完成させると発表している。

最初に告発を行ったのは、カリフォルニア州の大学教授クリスティーン・フォードさんで、彼女が15歳の時に17歳のカバノー氏に性暴力を受けたと主張した。2人はそれぞれワシントン郊外の名門校に通う高校生で、自宅に友人らを招いてパーティーを行った際に、カバノー氏が彼女の寝室に侵入。就寝前の彼女を押し倒し、手で口をふさいで、服を剥ぎ取ろうとした。「殺される」と思った彼女は抵抗し、寝室から逃げ出したのだという。フォードさんは9月27日に議会で証言を行ったが、ホワイトハウスは4日に「FBIの報告書からはフォードさんの言い分を立証できるものが出てこなかった」という声明を発表。
その2日後にカバノー氏の判事就任が承認された。他の2人に関しては、議会証言は行われなかったものの、高校と大学でカバノー氏と友人関係にあったことは共通している。

アメリカでは1991年にも、似たような騒動が発生している。アフリカ系アメリカ人としては2人目で、当時43歳という若さでジョージ・H・W・ブッシュ大統領から最高裁判事に指名されたクラレンス・トーマス氏は、部下であったアニタ・ヒルさんから、「セクハラの常習犯」と告発されている。もともとヒルさんはセクハラについて公にする考えはなかったものの、FBIが友人や職場の同僚らに対して行ったトーマス氏の身上調査の際に語った内容が、メディアにリークされ大きな騒動へと発展したのであった。

現在のようにソーシャルメディアも存在せず、セクハラやパワハラに対して世間が厳しくない時代ではあったが、トーマス氏やヒルさんが出席した公聴会が何度も行われた。
当初は何の問題もなく就任することが確実されていたトーマス氏だが、セクハラ問題によって僅差で承認されている。


アメリカの最高裁判事は終身制
注視される保守派とリベラル派のパワーバランス


アメリカの最高裁判所の仕組みを考える際に、日本と大きく異なる点が、アメリカの最高裁判事は終身制になっている点だ。日本の場合、最高裁判事の定年は70歳に設定されており、故入江敏郎氏の約18年半がこれまでで最長の在任期間となっている。一方の米連邦最高裁に目を向けると、9人いる判事の中で3人が70歳以上で、ルース・ギンズバーグ判事は3月に85歳になっている。

また、この3人の在任期間は20年を超えており、ブッシュ大統領(父ブッシュ)に指名されたクラレンス・トーマス判事は今月23日で在任27年となる。また、日本には最高裁判所裁判官国民審査によって最高裁判事を罷免するか否かを判断する制度が存在するが、アメリカでは州レベルでしか存在せず、一度最高裁判事に就任した人物は、基本的には亡くなるまで最高裁判事であり続ける。


一度判事に就任すると、そのポストが空くまでに相当な時間がかかる。連邦最高裁の判事は9人で、ポストに空きが出た際に大統領が新たな判事を指名し、連邦議会上院で承認の可否を問う投票が行われる。共和党の大統領は保守系、民主党の大統領はリベラル系の判事を指名する傾向が強い。これまでは保守派が4人、リベラル派が4人、中道派が1人という構成で、レーガン政権時に就任した中道派のケネディ判事の判断が判決に大きな影響を与えるケースが少なくなかった。

最高裁判事の終身制については前述したが、ケネディ判事は6月に判事を辞任すると表明。終身制ではあるものの、自ら辞任を申し出ることは可能で、ケネディ判事は7月31日に正式に辞任している。
中道系の判事が自ら最高裁を離れるというのは、トランプ大統領や保守派の政治家、有権者にとっても「棚ボタ」のような話であり、トランプ大統領はさっそく新判事候補の選定に動き出した。

最高裁判例はアメリカ社会の基本線を決定していく上で非常に重要なものであり、判事の過半数が保守系かリベラル系かという問題は、最高裁の決定に大きな影響を及ぼすことは想像に難くない。公民権運動が全国で展開されていた1960年代、学校などの公共の場所における人種隔離政策を廃止に追い込んだ決定打は、当時の最高裁判決であった。

また、人工中絶や同性婚の合法化をめぐる論争、政治献金の上限設定や二酸化炭素・温室ガスに対する規制の設定も、最高裁にまで持ち込まれている。つまり、アメリカの州レベルでは答えが出せないような案件に対して、最高裁判例を経由してルールが設けられていくのだ。意外なところでは、得票数だけではゴア氏の方が多かった2000年の大統領選挙の結果も、最高裁判所に持ち込まれたケースだ。


カバノー氏の最高裁判事就任直後から、トランプ大統領の意向を汲んだ同氏が法的にトランスジェンダーの存在を認めない動きを見せるのではないかと、複数の市民団体が懸念を表明していたが、ニューヨーク・タイムズは21日にトランプ政権がトランスジェンダーの存在を行政上認めなくする措置を準備していると報じた。

自ら指名した判事が無事に承認されたことは、中間選挙を前にして政策面における成功があまりないトランプ大統領にとって、支持者に対する格好のアピール材料となった。トランスジェンダーの他にも、環境問題や不法移民への対応、死刑制度なども最高裁判決によって今後の展開が大きく変わる問題であるが、しばらくの間は保守層に有利な判決が出ることに間違いはないだろう。

(仲野博文)