音楽を数字で見ていく本連載、今回は「ベスト盤」について見ていきたい。

別名「オトナの事情」とも呼ばれるベスト盤だが、活動歴が長いアーティストや、知ったばかりのアーティストの入り口としては、非常にありがたいことも確かであり、実際に「ベスト盤をきっかけにアーティストを好きになった」というファンも多い(かくいう私も、生まれて初めて自分で買ったCDはベスト盤だった)。
また、歴代アルバムチャートでも上位はベスト盤が占めており、「ベスト盤を出して欲しい」という声が大きいのも確かである。

今回はそんな「ベスト盤」を、数字とデータで見ていきたい。調査対象は、2006年以降のROCK IN JAPAN FES(通称ロッキン)で最も大きいステージ・GRASS STAGEに出演したことのあるアーティスト105組(企画バンド等は除く)。レーベルを通して楽曲提供を受けることが多いアーティストよりも、自身で作詞・作曲を行うアーティストを中心に「彼らのベスト盤に対する考え方」を見ていければ、というのが趣旨である。

※「過去楽曲が収録されたアルバム」をベスト盤とした上で、シングルカップリング集およびセルフカバーアルバム(アコースティックバージョンやライブ盤)は除いている。また、同時発売の場合はレーベルが異なる場合を除いて1枚としてカウントし、2枚組も1枚としてカウントしている。

ではまず、いわゆる「邦楽ロック」の人気アーティスト達が「どれくらいベスト盤を出しているのか」を見てみよう。
最も「ベスト盤」を出しているアーティストは井上陽水だった? ワンオク、セカオワは“ゼロ”
ロッキンに出演する人気アーティスト達はどれくらいベスト盤を出しているのか(C)エキサイトミュージック

・出している 67.6%
・出していない 32.4%


私の中では「ロックアーティストはベスト盤が嫌い」という謎の思い込みがあったのだが、結果としては、ベスト盤を出しているアーティストがほぼ7割と、過半数を占めている。

また、逆に日本最大級のロックフェスで最大ステージに出演しながら、ベスト盤を出していないアーティストとしては、ONE OK ROCKや、SEKAI NO OWARIなどがあげられる。さらに、マキシマム ザ ホルモンに至っては「グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011~2011」という名の”ニューシングル”をリリースしており、まさにホルモンらしい人を食ったベスト盤だと言えるだろう(もちろん今回の数字にはカウントしていない)。

では次に、彼らが「デビューしてから何年目に最初のベスト盤を出したのか」を見てみよう。メジャーデビューしていないアーティストも含めているため、原則インディーズデビューからの年数でカウントしている。

最も「ベスト盤」を出しているアーティストは井上陽水だった? ワンオク、セカオワは“ゼロ”
デビューしてから何年目に“最初のベスト盤”を出したのか(C)エキサイトミュージック

発売時期は5年目と10年目の2つに集中。数字にすると、約3組に1組がこの時期に初のベスト盤を出していた。楽曲も増え、ヒット曲も溜まって、ちょうどベスト盤が出しやすいのもあるだろうが、ロックアーティストにとってベスト盤は「デビュー5周年/10周年」に行われるセレモニーでもあるようだ(もちろん、オトナの事情がまったくないわけでもないだろうが...)。

しかしながら、一人の音楽ファンとして気になるのは「ベスト盤って何回出すの?」ということだ。アーティストが活動を続けている以上、ベスト=最高の曲がどんどん変わっていくのは当然だが、とはいえあまり聴いたことのないアーティストだと「ベスト盤めちゃくちゃあるけど、本当のベストは一体どれ...?」と混乱するのも事実である。というわけで、次は「ベスト盤は平均で何回ぐらい出すものなのか」を見てみたい。
最も「ベスト盤」を出しているアーティストは井上陽水だった? ワンオク、セカオワは“ゼロ”
“ベスト盤”は平均で何回ぐらい出すものなのか(C)エキサイトミュージック

・1回 32.4%
・2回 18.3%
・3回 16.9%
・4回 18.3%
・5回 2.8%
・6回以上 11.3%

平均:2.13回


最も多いのは1回、次いで2回・4回という結果になった(なぜか3回は少ない)。「ベスト」というからにはやはり1回きりということだろうか。また、なかには「6回以上ベスト盤を出す」という猛者も存在し、さすがに私も気になったので対象アーティストの中で、ベスト盤の発売回数が多い順にランキングにしてみたのが以下である。
最も「ベスト盤」を出しているアーティストは井上陽水だった? ワンオク、セカオワは“ゼロ”
ロッキンに出演する人気アーティストの中で一番ベスト盤を発売回数が多いのは?(C)エキサイトミュージック

・1位:井上陽水 計18回
・2位:矢沢永吉 計12回
・3位:吉川晃司/B'z 計9回
・4位:松任谷由実 計8回
・5位:UNICORN/サザンオールスターズ 計7回
・6位:エレファントカシマシ 計6回


1位に輝いたのは井上陽水の18回。さすが活動歴約50年を誇る超ロングヒットアーティストだけあって、ベストアルバムのベストランキングが何の問題もなく開催できるレベルの枚数である。なお、これは活動歴に加えて、レーベルを移籍するたびにレーベルがベスト盤を発売し、なんなら「レーベル2社が仲良くベスト盤を同時発売する」という、まさにベスト盤祭りとも呼ぶべき事態が発生していたことも影響している。
しかし、通常のアルバムを18枚出すのでも至難の業だと思うので、18回もベスト盤を出せる井上陽水の持ち曲の強さたるや恐るべし……。

また、2位以下のアーティストも、活動歴10~20年を誇るそうそうたるアーティスト達が並んでおり、ここまでの活動歴になるとどうしても全曲を追いかけるのは難しいので、ベスト盤が出ているのは素直にありがたいことだと思う。

というわけで、今回の調査はここまでだ。何かと賛否両論のある「ベスト盤」だが、個人的な話をするなら、私が音楽を好きになったきっかけはポルノグラフィティのベスト盤「PORNO GRAFFITTI BEST RED'S」だったので、リリースしてくれて本当にありがとうと心の底から思っている。ゆえに、昔から好きなアーティストの時は、節目を祝う記念として、知らなかったアーティストはこれから好きになる入り口として、「ベスト盤」という文化をこれからも楽しんでいきたいと思う。

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。

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