踊れるおじさん


“おじさん”のイメージをきれいに塗り替えたのは「おっさんずラブ」か。とにかくいま、おじさんのバイプレイヤーが人気だ。春海四方もいろいろなドラマに出演しているおじさんバイプレイヤーのひとりで、エキレビ!のドラマレビューにもしょっちゅう名前が記されている(関連記事ご参照ください)。


昨年は朝ドラ「半分、青い。」で左耳を失聴しているヒロインが大きな耳型の補聴器を発明するきっかけをつくる声の小さな先生(クラゲ先生)役で出演。奇妙な髪型がインパクトあった。熱狂的な支持者を生んだドラマ「おっさんずラブ」では牧(林遣都)のお父さん役で、息子が愛した人物(田中圭)が男と知って困惑する。大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」の第一話にも文部大臣・小笠原役で出演した。
これらの役から見るに、春海四方とは、未知なる状況に対応しきれない前時代的で生真面目な人物をリアリティーをもって演じることのできる俳優だ。ところが、私は昨年、草なぎ剛の主演舞台「道 La Strada」(日生劇場)で、カーテンコールを終えて舞台から去っていく俳優のなかで道化の扮装をした決して若くはない俳優が軽やかに高く跳ねているのを見て、あの人は誰だろうかと興味をもったところ、春海四方で驚いたという経験をした。


そうだ、春海四方の出身は〈一世風靡セピア〉だ。哀川翔や柳葉敏郎とともに道の上で踊っていた人なのだから、道化の扮装で軽やかに高く跳ねるのも当然であった。
“道の上”からはじまった春海四方の俳優としての歴史を振り返った自叙伝『前略、昭和のバカどもっ!! 』KADOKAWA)には、バブルで日本がやたらと元気で強気だった時代に生まれたパフォーマンスグループ〈一世風靡セピア〉とその一員として活動した春海四方の青春が描かれている。
一世風靡セピアとはなんだったのか。おじさんバイプレイヤー春海四方の青春

もうすぐ平成が終わろうとしているが、昭和59年(1984年)にデビューした〈一世風靡セピア〉は、昭和の後半を高速で駆け抜け、平成元年(89年)に解散した昭和の男たちの集団だ。
いまだとEXILEみたいなものと例えていいだろうか。母体は〈劇男一世風靡〉で、若い男たちが演技などを学びながら自己表現をしていく場。
セピアはその中の選抜隊で、路上パフォーマンスから注目されメジャーデビュー、当時の華やかなりし歌番組で人気を博していた。

今回この一世風靡のことを記した本を読んで、ルールとして、最初は“ほかに仕事をもつ”とか、“早く結婚して家庭をもつ”というのがあったことを知った。真面目な集団だったのだなあ。そういえば、硬派な男たちの集団という売りだった気がする。あと、“メンバー同士で酒を飲まない”というのも。馴れ合いや愚痴を禁じた規則だとか。
なんか、一周回ってかっこよく響く。

というように、へ〜、この頃、そんなことがあったのか! というこの手の回想録に期待できる楽しみが十人分に詰まっている。時代を彩る俳優やタレントの名前もたくさん出てくる。

例えば、劇団☆新感線の振り付けをやっている川崎悦子が春海の通っていたダンス教室の先輩で、彼女の紹介で〈劇男一世風靡〉に参加、そこから〈一世風靡セピア〉が生まれたという文を読むと、ダンスの根っこで、新感線と一世風靡はつながっているのだなあと興味深く感じた。

引きがあるおじさん


ひとに歴史あり。いくつもの道がどこかでつながるように、いろんなつながりがあっていまがある。
その大切さを「前略、昭和のバカどもっ!!」を読むと強く思う。そのひとつが、春海が早稲田大学生時代に暮らしていた叔母の経営するアパートに、高倉健が住んでいたことがあったというエピソードだ。あるとき、まだスターになる前をなつかしんだ高倉が、なにかの番組でこのアパートを探しに来たことがあった話。すでに解体したアパートのプレートがなぜか高倉の手元に渡っているという話も。

春海はもともとダンスパフォーマーになりたかったわけではなく、俳優を目指していたそうで、本を読むと、とても真面目な演劇青年だったこともわかる。だから、高倉健と少しでも繋がれたら、そりゃもう感動するであろう。
また、沖縄まで森繁久彌の舞台を見に行ったときの幸運のエピソードなども面白い。思いが強いとなにかしら引き当てることができると思わされた。

誰しもに、まだ何者でもなかった時代があって、なにかになりたくて、どこかの門を叩いて、仲間に出会って、切磋琢磨して、青春を過ごして、いつかその青春が終わるときが来て……という物語はあるだろう。だから、
春海四方の青春の書も、なんだか泣けてくる。
この本を読んだあとは、平成が終わるにもかかわらず昭和が近しい気持ちにもなった。春海四方の出ているドラマや舞台も前よりもっと楽しめるような気がする。


巻末には、メンバーの松村冬風と小木茂光との座談会も収録されている。
(木俣冬)