『女王陛下のお気に入り』は、おそらく今劇場で見られる作品の中ではトップクラスに豪華かつドロドロした映画である。女だらけの壮絶権力闘争映画であると同時に、どうしようもなく愛についての映画でもあるというカツカレーのような作品だ。

絢爛豪華カツカレー映画「女王陛下のお気に入り」ほぼ実在女だらけの権力闘争と愛の物語

この映画の登場人物、だいたい実在します


『女王陛下のお気に入り』の主要登場人物は3人。18世紀初頭にイギリスの女王として在位したアン女王と、アンの右腕にして親友であるマールバラ公ジョン・チャーチル夫人のサラ・ジェニングス、そしてサラの親戚であり、後にアン女王の寝室付き女官となったアビゲイル・ヒルである。いずれも実在の人物であり、女性だ。

アン女王とサラの友情は実際にとても強いものだったらしい。アンから見れば姉の夫であるオラニエ公ウィレム3世が起こしたクーデターである名誉革命の際、サラの夫ジョン・チャーチルが追放された先代の王ジェームズ2世と極秘に連絡を取っていたことが発覚。チャーチルはロンドン塔に投獄され、非常に危ない立場になったことがあった。

その際にアンは友人の夫であるチャーチルの投獄に強く反対。そのせいで実の姉であり名誉革命によって即位していた新王でもあるメアリー2世との関係が悪化するという事件を起こしている。クーデターの結果すでに王位を継いでいた肉親との関係を悪化させてでも、アンは友人とその夫を守ったわけだ。この一点をとってみても、この2人の関係は特別なものだったことがわかる。

しかしなぜか、アンとサラとの関係は後に悪化。最終的にはアンが姉と喧嘩してまでその立場を守ったマールバラ公も失脚し、サラとアンとは決別することになる。それに従い、ただの没落貴族の娘だったはずのアビゲイルが台頭、かつてのサラの地位を奪うことになった。
すべて史実にある事件なのだが、そこには一体なにがあったのか……というところにスポットを当てた映画が『女王陛下のお気に入り』である。

冷徹な女王の右腕VS没落貴族の娘! ヒリつく権力闘争物語


スペインの王位を巡ってフランスとイギリスを含むヨーロッパ各国が戦ったスペイン継承戦争という戦争がある。1701年から1714年にかけて、ヨーロッパ全土を巻き込んで続いた長い戦いであり、イギリスはその戦費の調達に苦労するようになっていた。その最中、食い詰めた没落貴族の娘であるアビゲイルは親戚のサラを頼り、召使として雇われる。サラはイングランド軍を率いて戦うマールバラ公の妻であり、また当代のイングランド王であるアン女王の親友として大きな権力を握っていた。

ある日アビゲイルは、痛風で苦しむ女王のために自分で摘んできた薬草で作った薬を塗ってしまう。勝手な行動に出たアビゲイルはサラに咎められ鞭打ちの刑に処されるが、この薬によって女王の痛みが和らいだことで逆にアビゲイルは女王の侍女へと昇格する。

当時のイングランド議会では、戦争推進派のホイッグ党と和平派のトーリー党との論戦が繰り広げられていた。トーリー党のハーリーはアン女王に対し戦費のための増税反対を訴えるが、主戦派のサラに撥ね付けられ続けていた。そんな議会が紛糾する中で開かれたある舞踏会の夜、図書室で本を読んでいたアビゲイルは、ダンスホールを抜け出してきたアンとサラがそのまま肌を重ねる姿を目撃してしまう。なんと、アン女王とその右腕であり友人でもあるサラは「そういう関係」でもあったのである。

この事実を胸に秘めることに決めたアビゲイル。ハーリーからはアン女王とサラの情報を流すよう迫られたアビゲイルだったが、それをはっきりと断ることに。
しかしアビゲイルからハーリーの動きを伝えられたサラは、「双方と手を組む気かもしれない」と判断し、アビゲイルを空砲で脅す。さらに議会との折衝に忙しいサラに代わってアン女王の遊び相手を命じられたアビゲイルの胸に、ある考えが浮かび上がってきつつあった。

凄まじく絢爛豪華な映画である。当時の衣装と装飾品とで全身を着飾った女たちが次々に登場する様は圧巻。とにかく演者たちの顔がゴテゴテに盛りまくられた衣装に負けておらず、気まぐれかつ癇癪持ちだが頑固で病弱というアン女王を演じたオリヴィア・コールマンや、一見純情可憐に見えて強かかつ放埓というエマ・ストーンらの演技はすさまじい。聞けば彼女らは全員ノーメイクで出演したんだそうで、さすがにこれを最初に知ったときはぶっ倒れそうになった。あんなめちゃくちゃな衣装にすっぴんで立ち向かえる顔面……どういう顔なんだろうか……。

しかしその中でも特に凄まじいのはサラを演じたレイチェル・ワイズである。もともとシャープな顔貌の人ではあるが、本作では妻帯者らしいシックな色使いのドレスで登場したと思ったら男装で馬を乗り回し、「何か撃ちにいきましょう」と言ってはマスケット銃をぶっ放すという凄まじい役柄を演じている。本当に何を着ても嫌になっちゃうくらい様になっており、特に後半、とある理由で顔を隠すための黒いレースをつけた姿は抜群の迫力である。あれこそ映画館で観るべき、スクリーンに耐えられる顔だと思う。

で、こんなに顔と服装にパワーを充満させた女たちが、女王の寵愛を巡ってド迫力の神経戦を繰り広げる。
アン女王に対し、優しく甘い言葉を投げ続けるアビゲイルと、長年の親友にして現在の愛人というポジションからしか不可能なアプローチを仕掛けるサラ。一見華やかな宮廷絵巻ながら実際やっていることは怪獣大戦争というか、互いの神経をすり減らす一大権力闘争である。そしてその間男たちはなにをやっているかというと、カツラをかぶって化粧をしつつ素っ裸でふざけて遊んでいる(本当にそうとしか言いようがない)。『女王陛下のお気に入り』は、一般的には男のものとされている権力闘争の物語を男女ひっくり返して提示した作品である。

困ったことに、愛についての映画でもあるのです


ややこしいのは、この映画が愛について語った作品でもあるという点だ。アン女王は17人の子供に先立たれた悲劇的な人生を送った人物であり、そして今自らも健康を害している。そんな彼女に、幼馴染として長年寄り添ってきたのがサラである。女王の右腕としてアンに対して時に厳しいことも口にするサラだが、その根底にはアンに対するちゃんとした感情があったのだろうと思う。国家の存亡に関わる仕事と個人的な愛情は、きっちり切り分けるのがサラという人間である。

対して、アビゲイルは意図的にその境界線をまたぎ超える戦略で立ち向かう。なんせアビゲイルには後がない。しかしまたアビゲイルは「自分はまだ若く魅力的であり、それは武器になる」ということに自覚的でもある。
それであるならば女王が自らの孤独な立場と重責と、個人レベルの愛情表現とを切り分けられないほうが、自分が成り上がるチャンスが生まれる……。アビゲイルはその判断に基づいて自らの策略を練り上げる。

どちらが正解というものではない。というか、どっちもどっちである。だいたい下々の者からすれば、貴族の痴話喧嘩の結果次第で税金の額が決まり、大陸の大戦争がどう決着するかが変わるという状況はたまったものではない。そもそもが身勝手で腐りきった話である。しかし、身勝手で腐りきった豪華絢爛な愛の物語がつまらないわけないじゃないですか……。逆立ちしても貴族になれず税金を搾り取られる側であるおれの身の上では、女だらけの愛憎と権力闘争の物語をため息をつきながら眺めるしかない。

というわけで『女王陛下のお気に入り』は、凄まじく真摯で豪華で切実で腐った愛と権力闘争の映画である。なんせいちいち絵力がすごいので見た後割と疲れるが、とにかく豪華な愛憎劇を見たい方には是非ともおすすめしておきたい。
(しげる)

【作品データ】
「女王陛下のお気に入り」公式サイト
監督 ヨルゴス・ランティモス
出演 オリヴィア・コールマン エマ・ストーン レイチェル・ワイズ ニコラス・ホルト ジョー・アルウィン ほか
2月15日より全国ロードショー

STORY
スペイン継承戦争の最中、没落貴族の娘であるアビゲイルはマールバラ公夫人であるサラの家で召使として雇われる。イングランド王位にあるアン女王とサラとの間のある秘密を知ったアビゲイルは、自身が成り上がるための策を巡らせはじめる
編集部おすすめ