あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

あいみょんの歌からは、「沼」を感じる。「沼」とは、最近よく使われる表現だ。
背徳感やイケないと分かってはいながらも、その魅力にズブズブとハマり、なかなか抜け出せない、負のスパイラルな状況を指す際によく使われる。しかしこの「沼」、なかなかの居心地の良さや時には快感だったりもするから厄介だ。

あいみょんは、歌の内容も自身のアイデンティティの主張から、どこか心の拠り所や依存に対する自身の「沼」への抵抗や従属への移行を感じるし、それを受け入れるファンや聴き手も、どこか彼女に対して「沼」化しているように映る。気づいたら私の周りは彼女の沼にどっぷりとハマった者たちでいっぱいだ。そしてその沼に改めてどっぷりと浸からせてくれたのが、今回の日本武道館でのワンマン公演にほかならない。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

一年ぶりにあいみょんのワンマンライブに赴いた。状況は全く変わっていた。と同時に、これが国民的シンガーなんだと改めて実感。かつては彼女と同世代や、年齢がやや上の男性客や一人で訪れる女性客が多かった印象の場内も、開演前の場内の雰囲気も明るく、層も下に広がり、友達とワイワイ連れ立っていた人も大勢いた。幅広く様々なタイプの人たちがそこには集っていた。それらは「マリーゴールド」のヒットと街鳴りを始め、多くの音楽番組の出演や「紅白歌合戦」を機に、彼女を知った方も多かっただろう。また、なかには楽曲提供やフィーチャリングで知り、それを機に彼女の作る曲や歌からファンになり、「あいみょん沼」にハマった人もいたに違いない。
とにかく、2018年が彼女にとって大躍進であり、さらに幅やすそ野を広げた年であったことが、この満場からは伺えた。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 鈴木 友莉

あえて、彼女の原点とも言えるアコースティックギターでの弾き語りスタイルにて臨まれた、この日。場内に入るも会場BGMは一切ナシ。それが逆に人をザワつかせ、待っている間の緊張感へと繋がっていた。アリーナからは武道館の8角形を利用したセンターステージ仕様が目に入った。しかしそれは他に比べ、どこかシンプル。そこに丸腰感やむき出しさを感じる。だがライブが始まるとそこにシンプルさは微塵もなかった。むしろ最小限ながら最大限の効果や仕掛けが用意されており、これ以上ない素晴らしい楽曲演出を楽しむことが出来た。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 鈴木 友莉

場内が暗転。ステージ頭上から一条の光の如くスポットライトが無人のステージに当たる。正面よりゆっくり堂々と入場してくるあいみょん。
ステージ上に現れると両手を広げ、<ようこそ>と挨拶の仕草を見せる。スタンバイしひと呼吸。「マリーゴールド」のサビを歌い始める。いきなりのヒット曲からの出だしが意外だった。またひと呼吸置き歌へと導入。本当にギター一本で、この日集まった1万3千人と対峙するつもりだ。暖色系のライトのなか、場内を一気にある暑い夏の日へと季節を引き戻した彼女。ヒット曲が歌われている感覚が本人も会場も全くないのが不思議だ。続く「愛を伝えたいだとか」ではライトが紫に変わる。やるせなさとロクデモナイ男像と、そこに依存しなくてはならない、なんとなく理解できる関係性のなか、我々を佇ませ、続けてアタックの強いストロークに乗せ、実は分かって欲しいとの気持ちを込めて放たれた「わかってない」が歌われる。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

正直ここまではどこか緊張感が場内を支配していた。そしてそれを払拭してくれ、逆に身近で親しみやすい雰囲気に換えたのは「満月の夜なら」であった。
「初めての日本武道館なので、せっかくだから初めてのことをいろいろやってみたい」と珍しく会場を促しての手拍子とともに贈られた同曲。若干の参加感と弾んだ雰囲気にようやく会場がほころんでいく。

「意外と近いやん。奥まで見えてるよ」とあいみょん。この日のステージは360度回転稼働が可能。ここで180度回転し、ここからは椅子に座って数曲贈られた。「風のささやき」が、<もう少し頑張ってみるよ/僕の居場所はどこだい?>と歌を通し問えば、「恋をしたから」の際には、ピンスポットのみのなか、ギターの爪弾きアルペジオに乗せ歌が場内へと綴られていった。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

「私、去年まで武道館の場所が分からなかった。去年ここで銀杏BOYZを見て、“あっ、私、このステージに立ちたい…”と思った」と語り、2ヶ月前にいきなりここでのライブを打診され、快諾したことが告げられた。「よく実現したし、みんなよく来てくれた」と会場中に謝意を述べる。

ここからは再び立って歌われた。10年来の親友に向けて捧げられ、高校の頃に制作された楽曲ならではの可愛い希望も交え歌われた「○○ちゃん」が、高校の頃に夢想していた自分と親友が今、その未来を実現できたかを問い、みな自分の親友と高校の頃の自分と現在の自身との答え合わせを始める。


この日は初披露の曲も現れた。かねてより自身に色々と影響を与えてくれた作品として「クレヨンしんちゃん」を挙げていた彼女だったが、今春公開のその劇場版の主題歌のタイアップが決定。その大感激のなか、彼女なりの野原家へのプレゼントともいうべき新曲「ハルノヒ」が、本邦初披露された。自分が思う自分以外の家族を謳った歌だという同曲。6人兄弟という大家族にして、家族愛溢れるなか育まれた彼女だからこそ伝えられる「何か」が同曲には込められていた。どこかホーム感を宿し安堵感を擁している同曲。ギターによるボディタッピングも交え、<ほら こんなにも幸せ もっともっと大切を増やしていこう>との歌フレーズも印象的であった。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

この日は、あえて自身の出自も垣間見せてくれた。場面を4年前。まだ地元・三宮や梅田の路上で、一人歌っていた情景へと場内をテレポートさせていく。初期の代表曲「貴方解剖純愛歌~死ね~」がここで歌われ、場内に設置されたサーチライトが回り、好きが故の束縛ソングが、ショッキングな言葉と共に愛しさを場内の隅々へと広げていく。この場面ではデビュー当時の彼女が、そのトピック的に取り上げられる楽曲も手伝い、当初はよく「メンヘラ系」と称されたことを想い出させた。
今となっては、ずいぶん昔の話のようにも感じるが、まだあれから2年も経ってはいない。今ではこう称される方が「?」を抱く者も多かろう。歌っている内容はそう変わっていないのだが、今や全くそうは感じさせないところにも現在の彼女の一般性を感じた。

一旦ステージを去るあいみょん。この日は間に休憩が用意されていた。どことなくずっと対峙している姿勢だったので、どこかホッと出来るゾーンに辿り着いたようで、ちょっと嬉しい。そんな場内の雰囲気を和ませるのと、本来の彼女の素の部分や、SSWあいみょん以外の表情も伝えるべく、先の友人「〇〇ちゃん」を交えての、こたつの中での会話のような疑似ラジオ放送が幕間に流れる。

オーバーサイズのTシャツ姿に着替え再びステージに現れたあいみょん。後編は力強いストロークと共に「憧れてきたんだ」からスタートした。自分が成立したものが何からできているのかを自分に確認するように同曲が響く。ファルセットも交え転調もぐっときた「今夜このまま」を経て、「日本武道館が決まった時、この曲で日本一のアレが聞きたいと思っていた」と語り入った。「ふたりの世界」では、会場からは「セッ○ス」の大レスポンスが。
ちょっと先の不安はあるけど、何となくの心地よさがある今のままでいい。そんな沼が歌われる。また、歌い出しから始まった「どうせ死ぬなら」では、再びサーチライトが場内を徘徊。どうせ死ぬならと歌いながらも生きる気満々な生命力を溢れさせていく。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 鈴木 友莉

弾くギターにも熱がこもった「GOOD NIGHT BABY」、3フィンガーのアルペジオのなか歌われた「いつまでも」を経て、どこか思い入れのこもったスペシャルなイントロに乗せて「生きていたいんだよな」が贈られた際には、ビジョンに同曲のリリックが綴られていく。歌の達観さとは対照的に赤く燃えるかのようなステージライトなか歌う彼女の姿も印象的であった。また、特別にこの日ならではの新曲も歌われた。「1995」とタイトルされた同曲は、生まれ出たことへの感謝。産声をあげ、今ではそれ以上のデカい声を上げて歌ってる自分を省みるように歌われ、生まれた意味をこれからも探り歌っていく、そんな決意と覚悟が感じられた。同曲では本人のハミングに続き場内も大合唱。そこにて楽曲の完成を見た。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 永峰拓也

最終曲は手拍子とともに会場も一緒に歌った「君はロックなんて聞かない」。客電大全開のなか、出自的なアイデンティティを示す曲で締められた。会場も一緒に楽曲の完成を手伝い、彼女の歌が集まった者たちにとっての歌へと変わっていった瞬間を見た。「今日は私に特等席をありがとうございました。まだまだこんな景色があったんだと気づかせてもらえた」と、四方に感謝の挨拶をし、彼女はゆっくりとこの武道館で最も見晴らしの良い場所から姿を消した。
あいみょんが国民を「沼」にハマらせる魅力 日本武道館で示した“新しい世代像”
Photo by 鈴木 友莉

彼女はやはり「沼」であった。歌われる曲の数々は、どこか目を伏せ、ふたをしたくなる内容や言葉も多かったはずなのだが、それが自身の現状とオーバーラップし、逆に妙に心地良く、常にどこか「このままじゃいけない」と思わせつつも、ずっと居座らせてしまっていた…。彼女はやはり沼だ。しかも日本国民全員をズブズブとハマらせる「国民的」な。

取材・文/池田スカオ和宏

<セットリスト>
1.マリーゴールド
2.愛を伝えたいだとか
3.わかってない
4.満月の夜なら
5.風のささやき
6.恋をしたから
7.○○ちゃん
8.ハルノヒ
9.貴方解剖純愛歌 ~死ね~
-休憩-SNACK TIME RADIO (Guest:○○ちゃん)
10.憧れてきたんだ
11.今夜このまま
12.ふたりの世界
13.どうせ死ぬなら
14.GOOD NIGHT BABY
15.いつまでも
16.生きていたんだよな
17.1995
18.君はロックを聴かない
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