
ワーテルロー戦200周年! ところで誰がナポレオン役なの?
今から4年前、2015年はワーテルローの戦いから200年にあたる年だった。ワーテルローの戦いといえば、幽閉されていたエルバ島から脱出して再びフランスの皇帝となったナポレオンが大敗北した戦いとして知られている。なんか世界史の教科書でそんなような話を見たな……という人も多いだろう。なんせ当時のヨーロッパを大混乱させた軍事の天才にしてフランス皇帝だった人がボロ負けした戦いである。世界史的大事件と言っていい。
この有名な戦いの終結200周年を記念して、ベルギーのワーテルローでは巨大な再現劇(リエナクトメント)が行われることになった。日本にいるといまいちよくわからないが、ナポレオン戦争は世界中に強烈なマニアがいる一大コンテンツである。放っておいても参加者は無数に集まるから、再現劇自体は開催できるだろう。
しかしひとつ、頭の痛い問題が発生した。再現劇で誰がナポレオン役を務めたい候補者が2人立ってしまったのである。この「記念すべきタイミングのワーテルロー戦で、一体誰がナポレオンを演じるのか」というドタバタを追ったドキュメンタリーが、『我こそはナポレオン』のタイトルでネットフリックスにて配信されている。
一方の候補者はマーク・シュナイダーというアメリカ人のおじさんである。
もう一人のナポレオン候補が、ブルターニュに住むフランク・サムソンというおじさんだ。このおじさんが強烈で、自宅には「フランク王国」と看板を掲げ、奥さんを「皇后」、鶏小屋を「裁判所」と呼ぶ。うっとりした顔で「たとえ私が死んで天国に行けたとしても、皇帝がいなくては天国とは言えない」「現代はダメだ。第一帝政期が最高だ」と力説するという、濃厚なオタクである。
映画は、周囲も巻き込んだこの2人のディスり合いをしっかり映す。シュナイダーは「僕は子供の頃からナポレオンに心酔してきたんだ」「母親はフランス人だし、なによりワーテルロー委員会(という、現地のリエナクトメントを仕切る委員会があるのだ)に呼ばれて2005年からナポレオン役をやってる」と、今までの実績を主張する。対するサムソンは「あの人、見た目はいいけど制服につけてる鉄王冠勲章のメダルの形が違うし、レジオン・ド・ヌール勲章が1型なのが間違ってる」「1815年当時ならあの勲章は2型か3型じゃないとおかしい」とシュナイダーのディテールをこき下ろしまくる。両方とも大人気ないよ!
さらに、リエナクトメント当日に向けての下準備も、両者で綺麗にアプローチが異なる。シュナイダーは実際にナポレオンの皇后だったジョゼフィーヌの居城のマルメゾン城で連日パーティをひらき、見るからにフランス皇帝っぽいアピールを開始。
リエナクターって本当に楽しそうな遊びだな……!
このナポレオン役争奪戦、相当に意外というか、かなり大人の事情っぽいケリのつき方をする。しかし『我こそはナポレオン』の中でナポレオン候補者選挙以上にボリュームを割いて紹介されるのが、再現劇に参加するリエナクターたちの姿である。
前述のように、欧米でのナポレオン戦争のファン層は、ちょっと日本人の想像が及ばないくらい分厚い。特にワーテルロー戦200周年ともなれば、各地から気合の入ったリエナクターのおじさんたちが集まってくる。その中には「実際にナポレオン軍はイタリアからアルプスを越えてフランスに集結したから」というだけの理由で、19世紀初頭当時のフランス軍の靴と服装と装備を着込んでアルプスの山中を歩いてくるオタクたちもいる。
彼らは道を倒木が塞いでいれば「我が軍の工兵がすぐに道を開くぞ!」と斧と手作業で嬉しそうに木を切ってどかし、軍歌を歌いながら鉄砲を担いで道を歩く。が、基本的に中身は現代人のオタクのおっさんなので、へばってくると「これはもう無理だ……」「昔の兵隊ってすごい……」「みんなでレンタカー借りちゃおっか……」と、結局自動車で移動したりもする。いいのかよ、それ。
しかし、どうにも彼らが楽しそうなのは事実である。
という感じで終始楽しそう(一部楽しそうとは言ってられなさそうな人も出てくるが)な人間を映すことで、歴史を学ぶ方法の多様さを見せてくれた『我こそはナポレオン』。厄介オタクのオリンピックのようなイベントを追った変な映像を見ているうちに、「でもこれ、なんか楽しそうだな……」とよくわからない気持ちが湧いてくる一本だ。
(しげる)
【作品データ】
「我こそはナポレオン」公式サイト
監督 ジェシー・ハンドシャー オリヴィエ・ロラン
出演 マーク・シュナイダー フランク・サムソン ほか
STORY
2015年、ワーテルローの戦い200周年を記念して開催された再現劇。そこで誰がナポレオン役を巡って争われた選挙の様子を、リエナクターたちの姿とともに追ったドキュメンタリー