ゴツさとキュートさが同居したルックスで今や大スターとなったマ・ドンソク。現在公開中の『無双の鉄拳』では、とうとう「直接人間を殴っているところを見せずに説得力のある暴力シーンを表現する」というところまで行ってしまった。
何を言っているのかわからないと思うが、マジでそうとしか言えないのである。
マ・ドンソク「無双の鉄拳」殴っているところを見せずに人間を殴っていることを表現する域

舐めてた相手がマ・ドンソク! 怒った雄牛VS最悪ヤクザの全面戦争!


ちょっと美人がいると即誘拐、整形して売り飛ばす最悪ヤクザのギテは、その日も借金のカタに債務者の娘をさらい、意気揚々と部下の運転でアジトに向かっていた。しかし、道中で部下が運転をしくじり、前に停まっていた車に追突してしまう。

なんせ後部座席にはさらってきた娘が縛って転がしてある。降りてきた前の車のドライバーに対し、横柄に金を払って適当にその場を取り繕おうとするギテ一味。しかも彼らは車に乗っていた男の妻がなかなか美人だったことに目をつけ、「なんだかこいつ気に入らないし、さらっちゃおうかな〜」と軽い気持ちで誘拐に乗り出す。しかし、彼らはそこで最大のミスを犯した。なにしろギテたちが追突した車に乗っていたのは、マ・ドンソクだったのである……。

というわけで、『無双の鉄拳』の主人公はまたしてもマ・ドンソクである。今回ドンソクが演じる主人公ドンチョルは、かつて裏社会で「雄牛」の名で恐れられた怪力の男。しかし現在の妻ジスと出会ったことで改心し、今は弟分のチュンシクと市場に魚を卸して暮らしている。それでも生活は苦しく、怪しげな投資話に手を出してはジスに怒られて小さくなっている。

そんな普段は律儀で人のいい魚屋のドンチョルだが、妻を誘拐されたことで完全に「雄牛」時代に逆戻り。
即断即決でヤクザの事務所にドカドカ乗り込んでいく異常な行動力と、「障害になりそうな人や物はとりあえず殴って解決」というカジュアル暴力で、妻を探して突っ走る。とにかく全ての問題の解決策が「まず殴る」なので、解決までのスピードが早く爽快。本命のギテ一味にたどり着くまでにとばっちりでヤクザ組織がいくつか壊滅してるけど、「まあアコギなヤクザだったし、仕方ないね……」と納得して見ていられるのも親切設計である。

納得感といえば、悪役のギテもいい。人を人とも思わぬド外道で、債務者から娘や妻をさらったあとはわざわざ代金として大金を支払うのが趣味という極悪ヤクザだ。ドンチョルが拳ひとつで相手をぶちのめすのに対し、ギテたちヤクザは出刃包丁、金属バット、手斧といった韓国バイオレンス映画常連ウェポンで対抗。極悪・卑怯・金持ちという、三拍子揃った悪役ぶりに嬉しくなる。なんせドンチョルが劇中最強なのは揺らがないので、悪役が相当悪くないと釣り合いが取れない。ちゃんと悪い悪役が出てきてくれるのはありがたみを、我々は噛み締めなくてはならないのである。

「気配」だけで暴力を表現する、ドンソクの説得力


しかしそれにしてもマ・ドンソクである。もはや東洋のドウェイン・ジョンソン的な位置を確かなものにしつつあるドンソクだが、『無双の鉄拳』では人間を殴りすぎてとうとう「殴っているところを見せずに人間を殴っていることを表現する」という域にまで到達してしまった。ほぼ柳生石舟斎の無刀取りの領域である。


なんせドンチョルは強い。基本的に雑魚ヤクザは全員ワンパンでノビてしまう。ロッカーに相手を殴り飛ばせはロッカーがひしゃげて潰れ、事務机に相手を投げればパソコンのディスプレイが3つくらい巻き添えになって吹っ飛ぶ。大きいガタイからは予想できない素早い動きで相手の攻撃を捌くし、「単純にでかい奴が腕力頼みで暴れている」というだけではない。ちゃんと腕力が死ぬほど強くてテクニックもある人が、圧倒的暴力で相手をねじ伏せているというのが伝わってくる。

さらに言えば、雑魚ヤクザをワンパンで沈めるところを何度も見せることで、たまに出てくるちょっと腕の立つヤクザの強さが際立って見えるという効果もある。ピョンピョン飛び跳ねながら足技を使ってくるジャンピングヤクザや、ドンチョルを上回る体格のパワーヤクザといった強敵との戦いは、「あ、こいつは今までの奴とは違う!」という説得力があった。特に対ジャンピングヤクザ戦は、『シン・シティ』のマーヴ対ケビンの戦いを思い出させる。パワーファイター対スピード型ヤクザの戦いはこうであってほしい、という展開をちゃんと正面から形にしてくれて、心からありがとうと言いたい。

で、前述のように、ドンソクはとうとう「別に殴ってるところを直接見せなくても、人間を殴っていることを表現する」という領域にまで到達してしまった。壁の向こうから悲鳴と物音と振動が伝わってくるだけで、ドンソクが人間を殴り倒しているということがわかってしまうのである。ドンソクが車にヤクザを引きずり込んだ後に車がガタガタ揺れていれば、それはドンソクがヤクザをめちゃくちゃに殴っているという意味である。
殴っているところを見せなくても、ちゃんと意味が通じてしまうのだ。

デンゼル・ワシントンは『イコライザー』で実際にアクションを見せずして人間をシバき倒したことを表現していたが、ドンソクももはやその境地に達した感がある。あの巨大な腕周りのゴツさとコワモテな表情から「この人が人間を殴ったらえらいことになるな……」という気配が濃厚に漂いすぎた結果、もう実際に人間を殴っているところを見せる必要がなくなってしまったのである。恐ろしいことだ。

というわけでストーリーは単純明快だし、もはや存在自体が不謹慎ギャグみたいになっちゃったマ・ドンソクが景気よくヤクザをぶっとばす様は、ジメジメした梅雨時に見るのにぴったりな爽快さだ。なんせドンソクは殴り飛ばすだけだから不必要に痛そうな描写もないし、万人にオススメできる暴力映画である。「とにかく映画を見てスカッとした気分になりたい!」という人は、是非とも劇場に足を運んでほしい。
(しげる)

【作品データ】
「無双の鉄拳」公式サイト
監督 キム・ミンホ
出演 マ・ドンソク キム・ソンオ キム・ミンジェ パク・ジファン ほか
6月28日よりロードショー

STORY
とあるきっかけから、人身売買組織に妻を誘拐されたドンチョル。妻を取り戻すため、かつて「雄牛」と呼ばれたドンチョルは凄まじい捜索を開始する
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