7月22日、東京渋谷区のユーロスペースで行われた映画「風をつかまえた少年」(8月2日公開)のトークイベントに、芥川賞作家にしてミュージシャン、そして映画監督もこなす辻仁成が出席した。
トークイベントが始まったのは、吉本興業・岡本社長の釈明会見も終盤に差し掛かった頃。登壇直前まで辻も会見の様子を見ていたらしく、司会者から映画の感想を質問され、まず出てきたのが冒頭の言葉だった。
何もないところから物事をつくるすごさを息子にも見てほしい
映画「風をつかまえた少年」は、アフリカの最貧国マラウイで2001年に起きた実話を基にしたもの。大干ばつによる飢饉で貧困となって学費が払えず、中学を退学せざるを得なかった14歳の少年ウィリアムが主人公だ。彼は乾いた畑に水を引くため、独学で風力発電のできる風車をつくろうと孤軍奮闘する。
少年の挑戦がどれだけ無謀かを端的に示すエピソードがある。マラウイには「風力発電」はもちろん、「風車」に該当する言葉がない……つまり、ウィリアム少年のやろうとする考えそのものを、周囲の人間は理解することができないのだ。
金もなく、資材もなく、周りの理解もないという無い無い尽くしの状況下で、少年はどうやって風車をつくり、さらにはどうやって未来を手に入れていくのか? 原作となる同名ノンフィクションは世界23カ国で翻訳され、日本でも2010年に出版。ウィリアム少年は2013年、タイム誌の「世界を変える30人」にも選ばれている。
「この少年は現在、31歳らしいですけど、彼のおかげで彼の周囲の人は『風車』という言葉を知り、学ぶことを知った。それを一生やっていくことが人生を豊かにすること。
辻がこれほど惚れこんだ作品には、もうひとつ、辻と相通じるものがあった。それは映画が14歳の少年とその父による“創作の物語”であり、辻自身もまた、15歳の息子と創作の日々を過ごしている、ということだ。
「この少年がすごいと思うのは、お父さんの反対を押し切って風車をつくっちゃったこと。物事って、反対されてそれを乗り越えていくところに物語が生まれるんだけど、それがこの映画にたくさんあります。我が家の場合ですか? 衝突もせずに通り過ぎていきます。僕は息子に相手にされてないですから」
辻は現在、シングルファーザーとして、パリを拠点に息子と二人暮らし。ただ、息子は勉強もスポーツも優秀な上に、ひとりでなんでも解決してしまうため、すれ違い気味。電話で2分話すのにも一苦労だという。その一方で、思春期の子を持つ父らしいエピソードから、息子と共作した新しい作品について話を続けた。
「最近、うちの子に恋人ができたんです。
そんな創作意欲あふれる息子にこそ、この映画は見てほしいという。
「うちの息子にはスタジオがあったけど、マラウイの14歳の少年のところには、スタジオもなければ機材もない。風車をつくるための部品もない。何もないところから物事をつくるすごさっていうのは、息子にも見てほしいな」
母から言われた創作の原点「お前にはユーモアが足りない」
そして話は、辻自身の少年時代について。“アーティスト辻仁成”が出来上がる過程において、親の存在がいかに大きかったかを語った。
「僕はいたずらっ子で、穴掘って人を埋めても、弟をベランダから落として右腕が折れても、僕の母だけは怒らないんです。その代わりに言われたのは、『お前にはユーモアが足りない』ということ。『ユーモアがあって人を感動させることができるならそれでいい』と。
辻少年がそのとき書いた詩を、母親は褒めてくれたという。
「そのとき、すごく嬉しかった。人を傷つけずに褒められるのってなんて嬉しいんだろう、と。だから、僕は今、それを息子にやっています。息子は普段、電話にも出てくれないけど、できた作品に関しては必ず僕に送ってくれるんです。僕は今、59歳。10月に予定している60歳の還暦ライブで息子と共演できればいいですね」
母親から背中を押されたことが辻仁成の創作活動の原点。そして今、15歳の息子の背中を押して、ともに新しい作品を生み出そうとする父・辻仁成の姿がそこにあった。
そういえば、冒頭でも触れた一連の吉本興業問題で特に印象に残ったフレーズは、田村亮は発した「ファミリーなら子どもの背中を押してほしかった」というものだったなぁ、と辻ファミリーの関係性を聞いてふと思ってしまった。
(オグマナオト)
映画「風をつかまえた少年」は、8月2日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で公開。
配給:ロングライド