
インタビューの機会をいただき、ドキドキしながら行ってきた。

これ面白いのかな、誰が読みたいんだろって
───学生の頃の話、コンビ結成前の話っていうのは芸人さんの本としては珍しい気がします。「夜明け前」って感じがあって新鮮でした。学生の頃のことを書こうと思ったきっかけを教えていただけますか?
やつい 5年くらい前にエレキコミックのメールマガジン「エレマガ。」ってのを始めたんです。で、せっかくなのでエレキコミックを振り返ろうかな、って勝手に思って。それで始めたのが最初。「エレマガ。」を取っている人に向けて、こうやって出来たコンビのメルマガですよっていう紹介のイメージで書いてたんです。だから本になるって決まった時に(ファン以外の人にとって)「これ面白いのかな」って気持ちにはなりましたね。「誰が読みたいんだろ」って。
───いやいや、すごく面白かったです。文章のクールな感じが、また意外で。
やつい あー。
───相方の今立さん、ナイツ、他校で交流があったラーメンズやゲッターズ飯田さんも出てきますけど、結構あっさり書かれているんですよね。今立さん入部は「スターが入ってきたな」って部室が盛り上がってるシーンなのに、文章が淡々としているから暑苦い感じがない。
やつい まぁ、大学生の落研で新入生が入ってきただけですからねぇ。
───大学時代にコンビを組んでいた相方の鈴木くんが「コロコロコミックスでプロにならないか!」って言ったのにやついさんがスパンと断るシーンも冷静ですごく印象的でした。
やつい 単純に、無理だろうなと思ってたんで。まぁ、ねぇ。どうなんすかね。冷たいところあるかもしれないすね。あそこのシーンは友達のバンドの人に「自分もそういうことが多い」って言われました。
───本を出版されたあとの「エレマガ。」で続編的な連載(芸人編)が始まりましたけど、もともと続きがある前提だったんですか?
やつい 全くない。この連載いつ止めても良かったんですけど、まぁ大学卒業するところまで書いて、一回連載は終わって。それが2年半ぐらい前の話。で、2年半ぐらい放ったらかしになってたんですけど、それを今回PARCO出版さんに出したいと言って頂いたんで、加筆修正して。最後の章「演芸大賞を取るまでの話」は全部本のために加筆した部分です。
出版してみたら「続き読みたい」って声が多かったんで、じゃ、卒業したとこからまた書こうかなぁって思って。今週続きを書いてみた。すぐ止めるかもしれませんけど、とりあえず一旦書いてみました。
大学時代のことは学年ごとに区切られてるから記憶の整理がしやすいんですけど、卒業後は今の今まで20年以上が一つに繋がっちゃてるんで難しいですよねぇ。

集団を全部自分だと思ってたのかもしれない
───一人称で描かれてるのに、集団が主人公みたいなのが面白かったです。個に向かって掘り進めるよりも、落研のメンバー全員の物語がいっせいに進行していくほうを優先している感じ。芸人を辞めた人たちにも光が当たるところにぐっときました。
やつい そーお、なんすか、ねぇ?……うーん。自分の内面に潜っていかないのは、自分のことを人ごとみたいに考えてるとこがあるからかもしれないですね。この本でも「人にネタを書いた時のほうが良いネタが出来たりする」みたいなことちょっと書いたんですけど、あれをずーっとしてるかもしれない。人ごとみたいに考えてる、自分を。
───自分をプロデュースしてる感じ?
やつい プロデュースっていうか。うーん。他人みたいに感じてるっていうか。なんて言うんすかね(笑)
───俯瞰で見てる感じ……
やつい かもしれないです。それがあるかもしれない。
───272ページ「演芸大賞を取るまでの話」の、お笑いファンにチケットを手売りするシーン。“みんなを部員にするような気持ちでやれば良い。もう一度、世間の中に落研を作るのだ” って感覚がやついさんらしいというか、すごく独特だと思いました。
やつい そうですね、その感覚はありますね。それは書いてて思いました。ま、考え方次第だと思うんですけどね。僕はたまたまそれがしっくり来たというか。規模は違うけど当時からやってることは変わらない。部員になったなら親身になりたい……ってのはあるかなぁ。ファンっていう感覚があんま無いかもしれないですね。
───この連載は、ファン(部員)からの反響も多かったんじゃないですか?
やつい 「エレマガ。」連載時は何の音沙汰もなかったですけどね。終わった瞬間に「楽しかった」って言ってくれる人はいたけど、毎週毎週は何も。「作者の先生へ励ましのレター」みたいなの無いです。ただただ黙々と、暗闇に投げてるみたいな。今回 本になってみてたくさん反響があったんで、なんだ良かったなと思いました、フツーに。わっかんなかったですね、出すまでは。
───当時の資料を調べたりとか大変だったと思うんですがその辺は?
やつい すっごいいっぱい残してた後輩がいて。その子がこの連載を始めた時に使えるかも、って渡してくれたんです。昔のアンケートとかチラシとか。そういうのを見ると自分の記憶も戻ってくるじゃないですか。それで思い出しながら。
───ずーっとクールに書いてるのに、一箇所だけ、フォントが変わって当時の日記が引用される。その文章が熱いっていうのがなんとも良いなと思いました。
やつい あー!熱いですよね。異常に熱いですよね。青春だなって感じですよね(笑)
自分で決めるとやるんです
───作者と伴走する編集者みたいな存在の人っていたんですか?マネージャーさんとか。
やつい 誰ひとりいないです。ただただ僕が勝手に、毎週書いて。それを送ったら「エレマガ。」に載るという仕組み。別に誰かに言われて書くとか、アドバイスがあるとか全く無く。
───えっ。それはなぜ続けられたんでしょう、すごく大変なことだと思うんです。
やつい あー、でも自分たちで始めたメールマガジンなんで、それを運営するために。誰かにやらされてたらやれなかったかもしれないですけど。最初に原稿書き始めた時から「1冊」っていう目標があったんです。本が出ることなんて全く決まって無いですよ。決まってないけど1冊分で終わらせるって思って書いてたんです。
───原稿の文字数も人に言われたんじゃなくて自分で課して?
やつい だいたい本は1冊20万字ぐらい?これ何文字あるんだろう。たぶん20万字あると思うけど。2000字を100回やれば1冊だ、という感覚で。
───そんな方、めったにいない。原稿用紙5枚分ですから結構たいへんですよね?
やつい でも、自分で決めるとやるんです。誰かにせっつかれたらやらないのかも(笑)
───文章書くこと自体は昔から好きなんですか?
やつい 読むの好きです。書くのは……好きっちゃ好きだけどめんどくさいっちゃめんどくさいしなぁー。コントもそうですけど。出来上がって反応があればお笑いは嬉しいもんですけど、本は反応がすぐ分かんないんで嬉しがりかたがよく分かんない。経験したことがない。どこで嬉しがるんだろう。でも1刷が売れて重版かかったんで良かった、これは嬉しいんじゃないか?って気持ちにはなってます。
(イラスト・構成・文/まつもとりえこ)
後編に続く

エレキコミック第29回発表会「Ron Ron Marron Queen」が10月23日~27日まで、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて開催予定