
(→前回までの「オジスタグラム」)

最近電車に乗っていると、よく浴衣の人間を見かける。
浴衣の人間は一様に笑顔だ。
どこかで花火大会でもやってるのだろう。
万年パチンコ屋で花火より激しい光を見てる僕には関係のない行事である。
電車で座ってる僕の目の前に、浴衣の女性二人組が乗り込んできた。
20代後半くらいだろうか。
二人は同じ会社の同僚らしい。

「うわぁ、明日から仕事だー」
「やだなぁ」
「また、部長に会わないといけない」
「それな!」
盗み聞く気などなかったのだが、借金をしてから音楽を聞く文化を失った僕の耳にはダイレクトに浴衣デュオの会話が入ってくる。
「マジで部長と会話するの憂鬱~」
「それな!」
「お金はおっかねーぞ!ってやつなんなの?何回も言ってくるし」
「それな!飲酒していいんしゅか?も」
「それそれそれ!わかるー!もうなんなのあれ?」
「でもマキ顔に出しすぎ~」
「だってつまんないんだもん!それ言われて何て言えばいいの?」
オジスタグラマーの前でいい度胸だ。
立ち上がって、浴衣の襟を掴み、謝るまで歯を抜いてやろう。
しかしヘタレの僕は結局何も言えなかった。
何がオジスタグラマーだ。情けない。やはり僕はただの髭の生えた肉塊だ。
言ってやるべきだった。
「ありがとう!って言えー! 部長にありがとうって言えー!」
と。
シュールおじさんの恐ろしさ
お金はおっかねー。飲酒していいんしゅか?
確かに面白くはないかもしれない。
しかし、部長はこんなにも笑い所を明確にしてくれてるのだ。
彼女達はシュールおじさんの恐ろしさを知らないのだ。
笑い所がわからないおじさんはこの世で一番恐い。
「お金はあれだな、まるでゾウリムシのようだな」
な?
どうしていいかわからないだろ。
この後続きそうだけど、なんでですか? と聞くのも恐い。
だからあんなに明確にボケて下さった部長には感謝するべきだと思う。
笑っておけばお互い幸せなのだ。
もし、つまらないボケをしてくるおじさんへの返しで悩んでる人がいるなら、とにかく明確にボケて下さった事への敬意を払い、目を見て
「ありがとう!」
と言ってあげて欲しい。
きっとお互い今までより楽しく生きれるだろう。

貴金属いっぱいのおじさん
さてさて、本日のオジスタグラムにいこう。
今回のおじさんは恐らくもつ焼きを作ったであろうおじさん、純さん。
新宿の朝方の焼き肉屋で出会ったベロベロの53歳のおじさんだ。
正直僕は純さんにこちらから話しかける気はなかった。
なぜなら、純さんは貴金属をいっぱい身につけていたからだ。

僕はあまり偏見がない人間だと思っているが、貴金属をいっぱいつけている人と、ペナントをいっぱい集めている人だけは昔から仲良くなれないと決めつけていたのだ。
ましてや、それがおじさんなら尚更である。
友人と二人だった僕がもつ焼きを頼んだ時だった。隣のテーブルで一人で飲んでた純さんが動く。
「やっぱりもつ焼きに限るよなぁ」
「あ、はい。エヘヘ」
「おじさんはよぉ、もつ焼きがあれば他はなんにもいらないんだ。ほんとだよ」
もつ焼き一点突破のかなり強引なファーストコンタクトである。
「もつ焼きって何でこんなうめぇんだろうな? 小さい頃はこんなもつ焼き食うと思ってなかっただろ?」
「確かにそうですね」
「いや、もつ焼きはさ…」
なんだ? このおじさん。
「もつ焼き嫌いなおじさん見たことないだろ?」
「確かにないです」
「なぁ。もつ焼きには何か入ってるんだよ。そうゆうやつが!」
そうゆうやつが何かはわからないが、確かに純さんの言う事も一理ある。
おじさんはもつ焼きの象徴
おじさんはもつ焼きが異常に好きな気がする。
おじさんがいる所にはもつ焼きがあるし、もつ焼きがある所にはおじさんが必ずいる。
おじさんはもつ焼きの象徴だし、もつ焼きの象徴はおじさんなのだ。
「もつ焼きを嫌いなおじさんはもはやおじさんじゃない!おばさんだ!」

もつ焼きのお陰で酒も進んだ我々は謎の結論に行き着いた。
楽しい宴で、正直もつ焼きの話しか覚えていないが、最後の純さんとの会話は覚えている。
「しかし純さん、若いですよね」
「いやいや、精神年齢幼いだけだよ!ガハハハ!」
「ケケケケ!いや若いですよ。53歳でネックレスそんなつけないですって!ケケケケ」
「ガハハハ!」
「結構高いでしょ?」
純さんの首には、ブランドに疎い僕でもわかるものが何個かあった。
「いや、こんなん意味ねーんだよ!」
「え?」
「俺自信ねぇんだよ。だからよぉ、こうやってよ、いっぱいネックレスとかつけてんだ!ガハハハ!」
「そうなんですか?」
「飯とかでもそうだろ? 素材に自信あるとこはまずはそのまま何もつけずに食べて下さいって言うだろ?」
「なるほど」
「うちは醤油をべっとりつける営業方針で行く事にしただけだよ!これは醤油だ!」
ネックレスを指差し、これは醤油だと言い切る純さんは滑稽でもあったが、なんか凄くかっこよかった。
僕の偏見がまた一つ減った夜だった。

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)