8月も終わりに近づき、命をまっとうしたセミが玄関前や道路で仰向けになりはじめた。
ドラマ『セミオトコ』(テレビ朝日系)を見た次の日の朝は、そんな道を歩くのがとても悲しい。
悲しいのに、つい怖がって避けてしまうことがまた悲しい。

7月26日(金)から毎週放送されている金曜ナイトドラマ『セミオトコ』。Hey! Say! JUMPの山田涼介が「セミ」のセミオ役を演じている。
「セミオトコ」が証明する山田涼介の王子性。それは「人間と認めてほしい」願いをさらけ出す
雑誌「BARFOUT!」2019年8月号(幻冬舎)

『セミオトコ』5話までのあらすじ


親も兄弟もヤンキーという家庭で育った地味な女・由香(木南晴夏)。東京に出てきて一人暮らしを始めるも、人生に希望が持てず「消えたい」と嘆いていた。

あるとき、由香が自分では気づかないうちにセミの命を救う。セミは由香に恩を感じ、自分が地上で生きる7日間をかけて彼女を幸せにするために、美しい人間の姿になって由香の前に現れた。

「7日だけ?」と聞く由香に、セミオ(由香が名付けた)は「“7日も”です」と返す。この世界の素晴らしさを叫び、セミオは1日1日を尊んで生きている。しかし、8月16日、23日(金)に放送された4話、5話で過呼吸に苦しむ(山崎静代)を見たセミオは「死ぬのが怖い」という気持ちを抱くようになってしまう。

「冴えないどん底アラサー女子の前に、7日間だけ何でも願いを叶えてくれる王子系美少年が現れた」。夢のような話だ。由香やセミオと暮らすアパート「うつせみ荘」の住人たちもチャーミングで楽しい。
でも、彼らの人生にも「限られた命」が影を落とす瞬間があったことが、5話で明かされていた。

由香の「消えたい」という願いの前に現れた「限られた命」の象徴、セミオ。今夜放送の6話では、ついにセミオが自分の正体がセミであることをみんなに伝える。

「癒すだけ」じゃない。セミオはコミュニケーションする王子


由香「美しくて可愛い……、最強っすね……」

セミオの笑顔やピュアな振る舞いに、人生に希望が持てなかった由香は癒されていく。

しかし、セミオを演じるにあたり、山田涼介は脚本家・岡田惠和とのやり取りの中で、自分が「女性を癒すだけの存在」ではないことを知った。

〈だけど本読みの時に、『もっと無邪気に』とか『子供っぽく』とアドバイスをいただいて、『そりゃそうだよな』と思いました。セミが羽化して生まれたら、確かに生まれたての子供だよなって。で、子供の中に王子様の要素を入れようと思いました。〉
(雑誌「BARFOUT!」2019年8月号(幻冬舎)p.11より)

朝を迎えるたびに、セミオは「おはよう、世界! おはよう、おかゆさん(=由香)!」と大きな声で一日の始まりを喜ぶ。美味しいものを食べたり、住人たちと楽しく過ごしたりしたときには「この世界は、なんて素晴らしいんだ!」と全身で感動する。そんなセミオは、ただ由香に癒しを与えるだけの存在ではない。


“生まれたての子供”であるセミオは、その純粋さから周囲に与えるものも多いが、教えられることもたくさんある。メープルシロップの美味しさ、人の背中のあたたかさ、「仕事」などの新しい言葉や概念、喜び、悲しみ、そして、由香への恋の気持ち。

「女性の願いを叶える=癒す」に留まらない、そこに互いに与え合う双方向コミュニケーションがついているのがセミオという「王子」の魅力だ。

現代の王子性とは───岩田剛典、中島健人、山田涼介


由香はセミオを「私の王子様」だと思っている。山田涼介の美しい顔を見ていると、確かにこれは王子だわと思う。でも、ふと考える。「王子」ってなんだ。

芸能人、著名人に向けられる「王子」という評価は、言葉のままに「王室の人っぽい」という意味ではないことのほうが多いだろう。

例えば、EXILE/三代目J SOUL BROTHERSの岩田剛典は、世間にオラついたイメージを持たれていたLDHのアーティストの中でいち早く「王子キャラ」の立ち位置についた。しかし、岩田は元々ブラック・カルチャーへの憧れが強く、学生時代は日焼け、ひげ、ピアスといういかにもダンサーといった風貌だったそうだ。
「セミオトコ」が証明する山田涼介の王子性。それは「人間と認めてほしい」願いをさらけ出す
岩田剛典フォトエッセイ『AZZURO(アズーロ)』(幻冬舎)

岩田は、グループをもっと飛躍させるためには、自分の主張を押し続けるだけではいけないと気づく。そして、自分自身が「環境や周囲から求められるかたち」になることを決める。オラついたダンサーから王子へとキャラクターを変え、主演映画『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』(2016)で「岩田剛典=王子」という確固たるイメージを築き上げた。


2016年発売の、岩田のフォトエッセイがある。「自分はこの表現をやりたい」、「こんな人間になりたい」という個性が強い三代目J SOUL BROTHERSのメンバーをひとりひとり紹介したのち、岩田は自分についてこう綴っていた。

〈カメレオンのように状況に応じて冷静に変化する。それが僕の立ち位置だ。〉
(岩田剛典 フォトエッセイ『AZZURRO(アズーロ)』幻冬舎 p.214より)
「セミオトコ」が証明する山田涼介の王子性。それは「人間と認めてほしい」願いをさらけ出す
霜田明寛『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)

近年、ジャニーズの「王子」といえばSexy Zoneの中島健人が躍進している。

霜田明寛・著『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)では、男性ファンである著者が引け目を感じながら中島の握手会に参加したときの様子が紹介されている。

著者が「男ですみません」と謝ると、中島は「ありがとう! 僕たちは、結婚だけができないね」と返した。美しい詩か。相手が何を言われたくて、何を言われたくないかをその場で判断し、さらについ文字に起こしたくなるほどのきれいな言葉にする。状況を理解し、咀嚼し、瞬時にアウトプットする力がすごい。

〈「アイドルは、みんなをポジティブにする存在だから、自分もポジティブでないといけない」と覚悟を決めます。〉
(霜田明寛『ジャニーズは努力が9割』新潮新書 p.165)

これが、中学3年生のときの中島の思いだそうだ。
ジャニーズに入所するかしないかという時期から、中島は自分に何が求められ、自分に何ができるかを取捨選択していた。

岩田剛典、中島健人という、王子性で人を魅了する2人に共通するのが「自分が表現したいこと以上に、状況と周囲の人が求めているものをアウトプットし続けている」という姿勢だ。それは例えば「女性ってみんなこういうものが好きでしょ」という決めつけによるものではない。一瞬一瞬、目の前にいるひとりひとりを見て判断しているということが、それぞれの細やかなエピソードからもうかがえる。

そして、山田涼介もまた、そうした王子性を身につけながら生きてきた人である。

生き方への「王子性」の影響


〈僕はどんな作品でも、自分の何かを持ち込みたいとかは、あんまり思わないかも。好きにやっていいよって言われたら、好きにやるけど。そもそも台本に沿って演じる中で、やっていて勝手に出ちゃうことの方があるかもしれないです。〉
(雑誌「BARFOUT!」2016年4月号 幻冬舎p.33より)

2016年、主演映画『暗殺教室〜卒業編〜』が公開される際の、山田のインタビューだ。また、2017年出演の映画『鋼の錬金術師』に関するインタビューでも、Hey! Say! JUMPのフロントマン(センター)として求められることが、自分の性格にも影響を与えていることを語っていた(参考:雑誌「BARFOUT!」2017年12月号)。

また、雑誌「anan」2019年7月31日号でのインタビューでは「自分という商品をプロデュースする気持ちが強い」とも話しており、岩田剛典のフォトエッセイでの吐露に通じるところがある。
「セミオトコ」が証明する山田涼介の王子性。それは「人間と認めてほしい」願いをさらけ出す
雑誌「anan」2019年7月31日号(マガジンハウス)

芸能人であれば、大なり小なり「自分に何が求められているか」を考えることだろう。今回取り上げた岩田剛典、中島健人、そして山田涼介は、それがストイックに個人の生き方にまで影響している。


目の前にいる相手に対して、どんなアウトプットをすると何が起こるのか。双方向コミュニケーションの中でそれを突き詰めることが、現代の「王子性」に繋がっている。

「1人の人間だと認めてほしい」現代の女性の願い


新書『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』の著者・成馬零一は、同書のあとがきにこう記している。

〈そもそも僕にとって、「面白い」ことと「現代的だ」ということは、ほとんど同じ意味だ。つまり、ジャニーズドラマは現代的だし、ジャニーズは現代的なのだ。〉
(成馬零一『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』宝島社新書 p.220)

ジャニーズドラマとジャニーズは現代的。それと「王子性」の考察を踏まえて改めて『セミオトコ』を見ると、由香、ひいては現代を生きる女性が求めているものが画一的な「癒し」や「お姫様扱い」ではないことがわかってくる。

ある日、何でも願いを叶えてくれる美少年が来て、ギュっとして「生きてて良いんだよ」と言ってくれて、笑ってくれて、ファーストキスもして、手を繋いで、一緒に眠って……。ドラマの前半で描かれた、いかにも「癒し」的なものは、由香の本質的な願いではない。

作中で、何度も何度も出てくる由香の「“いないもの”として扱われてきた幼少期」の回想。その記憶を溶かしていくかのような、セミオや「うつせみ荘」の住人たちとのあたたかい暮らし、その影響で打ち解けた職場の人との対話。由香は、「ここにいる人」として輪郭を取り戻していっている。


『セミオトコ』で描かれる由香や、現代の女性の願いは「自分を、ここにいる1人の人間だと認めてほしい」ということなのではないだろうか。そんな「当たり前」の願いを、空想の中の王子的なもの、つまり「ある日突然やってくる奇跡」みたいに感じている。

一方的な癒しや愛は行き過ぎると暴力になり得ることは、女性に人気のアニメ『KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-』(テレビ東京ほか/2019年)でもすでに指摘されている。いま求められている「王子」とは、相手を1人の人間として認めたうえで、双方向のコミュニケーションの中から互いに与え合うアウトプットができる存在といえるのではないだろうか。

セミオと由香は7日間しか一緒にいられない。奇跡のような日々が終わったときに、セミオと由香に何が残るのか。「1人の人間だと認めてほしい」と願うアラサー女のひとりとして、祈るような気持ちで見守っている。

(むらたえりか)

■見逃し配信
TVer:https://tver.jp/episode/61839087
Amazon Prime ビデオ:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07VP678X7/

■作品情報
金曜ナイトドラマ『セミオトコ』(テレビ朝日系)
毎週金曜23:15〜0:15放送(※一部地域で放送時間が異なる)
出演:山田涼介、木南晴夏、今田美桜、三宅健、山崎静代、やついいちろう、北村有起哉、阿川佐和子、壇ふみ、ほか
脚本:岡田惠和
監督:宝来忠昭、竹園元(テレビ朝日)
ゼネラルプロデューサー:横地郁英(テレビ朝日)
プロデューサー:服部宣之(テレビ朝日)、布施等(MMJ)、本郷達也(MMJ)
制作:テレビ朝日、MMJ
(c)テレビ朝日
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/semio/
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