ネットを中心に評価が割れている『アド・アストラ』。その実態は、地味で内省的、しかし「人間嫌いだけど寂しがりや」というような、ややこしい心情に寄り添ったSFである。
おれはけっこう好きだ。
「アド・アストラ」は「エヴァンゲリオン抜きのエヴァ」的SF映画。宇宙引きこもりおじさん、海王星へ!

謎の宇宙線放射の原因を追い、ブラピ深宇宙へ


近未来、地球の地表に立つ巨大な宇宙アンテナに勤務する軍人にして宇宙飛行士のロイ・マクブライドは、アンテナでの作業中に強烈な宇宙線の放射に見舞われ、地上へと落下する。パラシュートによって危うく命拾いしたロイは、事故後に軍の高官たちから接触を受ける。そこでロイは、「サージ」と名付けられた強烈な宇宙線の放射は海王星付近から放射されたこと、さらに地球外生命体の探査に出かけたきり16年前に消息を絶った自分の父が、海王星付近で生存していることを聞かされる。

「サージ」の被害は全世界規模に及び、第二、第三の放射があればまたしても絶大な被害を受けることになる。ロイには、火星にある軍の通信基地へと向かい、父に向けてメッセージを発する任務が与えられる。地球から月、そして火星へと、長大な距離を移動していくロイ。果たして、消息を絶った父の真意とはなんなのか、ロイは様々な困難に見舞われつつ、任務を全うしようとするが……。

という筋立ての映画なので、派手めなSFアクション映画だと思われそうである。実際、SFアクション的な味付けもなくはない。が、どちらかと言うと『アド・アストラ』は地味で内省的で、疲れている時に見たら寝ちゃいそうなタイプの映画である。ブラッド・ピット主演で、宇宙を舞台にしたSF映画がこんな作りになることがあるんだと、おれは舌を巻いた。

映像も、決して派手ではない。
宇宙船のデザインはあくまで既存のロケットをベースにした「なんか生々しいな〜」という見た目だし、実際と同様に宇宙では音がしない。ブラッド・ピットが着ている宇宙服も現実的なデザインだし、月面や火星の基地も、内部はただのコンクリートの構造物である。派手な要素は少ない。

と、かように地味で、どうやって企画が成立したのか謎な『アド・アストラ』だが、おれはけっこう面白く見た。というのも、この映画は「宇宙に引きこもるおじさんの映画」だったのである。宇宙規模の8050問題というか、エヴァンゲリオン抜きのエヴァンゲリオンというか、そういう感じの内容だったのだ。

「宇宙に引きこもったおじさんが主人公」な映画です


『アド・アストラ』の主人公、ロイのキャラクターはちょっと変わっている。仕事は完璧、合間合間に義務付けられている心理検査も毎回余裕でパスし、どんなトラブルに見舞われても心拍数すら上下しない沈着冷静な士官、それがロイである。人付き合いもそれなりにあり、現在は離婚してはいるがかつては結婚していた。

しかしその実、ロイはかなり人間とその社会にうんざりしている。物事に動じず冷静に仕事ができるのは、基本的に誰にも心を開かないからだ。極端な人間嫌いだから、同時に人間に接触することに臆病にもなっている。
完璧な笑顔で他人と接するのは、それが彼にとって一番楽だからだし、そもそも地上に比べて周囲に人間が少ない宇宙での勤務は、彼にとって天職である。

そんなロイだが、しかし人類社会は頼んでいないのに彼の後ろをずっとついてくる。月はすでにその資源を巡って紛争地帯と化しており、月面の基地には「サブウェイ」の支店までできている。火星の基地にも訳知り顔のいけすかない軍の高官はいるし、ロイと一緒に宇宙船に乗り込むスタッフたちもうざったい。どこまで逃げても、ロイのところまで他の人間たちはついてくる。父の消息を追う海王星への道のりは、さながらロイがどこまで行ったら他の人間たちから逃れることができるのかという追いかけっこの様相を呈してくる。その道中でロイに訪れる変化を追ったのが『アド・アストラ』なのだ。

見た目は完璧なのに中身は人間嫌いで引きこもり気質、もう仕事先の宇宙に逃避するしかない……。そんな男を演じるのが、ブラッド・ピットなのである。ブラピ、顔はかっこいいし笑顔はチャーミングだし体格もめちゃくちゃいいし、ルックスは完璧である。そんな人間に「実は引きこもり気質で人間嫌いで人に心を開けない臆病者」という役をキャスティングしたところからは、明確な意図が感じられる。また、ブラピもそれによく応え、旅が進むにつれて変容していくロイを、抜群の説得力で演じている。
よくもまあ、こんな難しいオファーを受けたものだと思う。

孤独で引きこもり気味で他人との接触に怯える息子が、宇宙の彼方で謎のプロジェクトに関わっている父親を訪ねる……。そんな要素だけ並べると、『アド・アストラ』のストーリーはなんだかエヴァっぽい。しかし『アド・アストラ』には使徒も出てこなければ汎用人型決戦兵器もなく、包帯だらけの美少女とか、そういうのも一切出てこない。マッチョなシンジくんであるブラピがひたすら淡々と宇宙船に乗って、悶々としながら深宇宙に向かう。エヴァってけっこう要素が多かったんだな……と、妙なことに気づかされる。

『アド・アストラ』の劇中でも早い段階で言及されることなのだが、前人未到の場所に向かう探査というのは、ある意味で逃避である。この「探査=逃避」というのは、『アド・アストラ』において重要なテーマだ。さらに、ロイの父クリフォードが行なっていた探査は、地球外生命体の存在を求めるものだった。人間社会から逃避して、人間以外の生命体を探す……。なんだか倒錯した目的のために深宇宙へと向かったクリフォードは、ロイに輪をかけた引きこもり老人と言えるだろう。「無限の宇宙に引きこもった先には何があったのか」というのが、『アド・アストラ』の大きな主題である。


正直、おれも人間と接しながら仕事をして生活をするのが嫌になることがある。それも、まあまあ頻繁にある。灯台守のような、人里離れた場所でさほど複雑ではないけどそれなりにハードで、でも淡々とした仕事に引きこもって暮らしたい……。そんなふうに思うことも、そこそこある。多分実際にやったら、二週間ももたないけど……。

毎日の生活の中で、ふとした瞬間にそういう気持ちになる人には、多分『アド・アストラ』はけっこう刺さる映画なんじゃないかなと思う。割と評判が割れている本作だが、おれはけっこう好きだ。人間嫌いだけど寂しがりやという、ややこしい気持ちを抱えている人のための映画……というふうには言える気がする。
(しげる)

【作品データ】
「アド・アストラ」公式サイト
監督 ジェームズ・グレイ
出演 ブラッド・ピット トミー・リー・ジョーンズ ルース・ネッガ リヴ・タイラー ドナルド・サザーランド ほか
9月20日より全国ロードショー

STORY
地球外生命体の探査に旅立ったものの、16年前に消息を絶った父を持つロイは、地上に立つ宇宙アンテナに勤務していた。だが父が消えた海王星付近からの宇宙線放射によって人類は危機に陥り、原因を探るためロイは火星へと派遣されることになる
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