首から上は生身、首から下はAI制御……。そんなネタを、アイデアと力技でなんとか形にしてしまった『アップグレード』。
低予算映画ながら、志の高さが光る一本である。
「アップグレード」AIカンフーで、妻を殺した奴に復讐「やる気と力技次第で、面白い映画は作れる!」

便利すぎるAIと、二人三脚で亡き妻の復讐へ! 
舞台は近未来、車は自動運転車と普通の車が混在し、空には監視カメラ付きのドローンが飛び回し、家には声をかけるだけで家事をこなしてくれるホームコンピューターが搭載されている。そんな社会だが、主人公グレイ・トレイスの仕事はビンテージカーの修理だった。ハイテク企業に務める妻アシャとの仲も良好で、グレイは何不自由のない生活を送っていた。

ある日、グレイはハイテク企業のオーナーであるエロン・キーンから依頼された車を届けることになる。アシャとともにエロンの家に赴き、自動運転車に乗って自宅に帰ろうとするグレイ。しかし途中で自動運転車が暴走しスラム街で横転。さらにグレイとアシャは謎の集団に襲撃される。アシャは襲撃者によって射殺され、グレイは脊髄を損傷。首から下が完全に麻痺してしまう。

妻と自らの体の自由を失ったことで、失意の日々を送るグレイ。しかしその病床に、エロンがある提案を持ちかける。
自分の会社で開発した新型のコンピューターチップを脊髄に埋め込み、損傷した運動神経をチップによって媒介させることで、再び自由に体を動かせるようになるというのだ。提案を受け入れ、手術を受けるグレイ。埋め込みは無事に終わり、再び身体の自由を手に入れる。

しかし、その後グレイの脳内には謎の声が響くようになる。「ステム」と名乗る声の主はグレイの首に埋め込まれたチップであると言い、共に妻殺しの犯人を探すことを持ちかける。半信半疑だったグレイだが、ステムの助けによって次々に犯人グループのメンバーを特定。容赦ない復讐を開始する。

間違いなく低予算なSF映画である。が、その予算の少なさをアイデアでクリアしようとしているところは好感度が高い。かっこいい自動運転車がほとんど出てこなくて普通の車ばっかりなのも「まだ自動運転車は富裕層しか買えないから」って理屈で押し通せるし、普通の街並みの中にドローンを飛ばせば「あ、現代と地続きだけどドローンはたくさん普及してるのね」というビジュアルになる。おれはそういう工夫は大好きである。

映画のコアとなるアイデアの「ステム」とグレイの共闘も、見ていて大変ほっこりした気持ちになる。
ステムはグレイの視界を通して物を見ているので、監視カメラの映像をグレイの目を通してぎゅ〜っと高解像度に認識し、そこに写っている証拠をグレイの手を使って書き出したりする。「黙ってろ!」というと黙るし、めちゃくちゃ便利そうである。

そしてこの映画の大きな見所が、ステムがグレイの体を使って戦う戦闘シーンである。「力を抜いてください」とステムに命じられてグレイがその通りにすると、ステムが勝手に人体を操作して戦うのである。その動きはロボットそのもので、敵のパンチをカクカクした動きで避けつつシャキシャキと相手をぶん殴って壁に叩きつけ、包丁を使って刺し殺したりする。しかしグレイからすれば「首から下が勝手に戦っている」という状態なので、最初のうちは「うわ〜! なんだこれ〜〜!!」と叫びながら戦うことになる。

力技とアイデアで、SF映画は作れる!!
古来、人間はロボットを表現するために色々な手段を用いてきた。「ロボット」という単語が生まれたチャペックの戯曲ではゴシック様式の甲冑のような衣装を着ていたし、『ロボコップ』や『スター・ウォーズ』では人間にメカっぽい外装をつけてギクシャク動かすという方法で「これはロボットなんです!」と主張していた。『ターミネーター』ではガタイが死ぬほどでかくて演技にさほど慣れていない人に敢えてロボット役を割り振ることで、人間離れした雰囲気を表現していたりする。

で、『アップグレード』である。この作品はそういった回りくどい方法を取らない。主演のローガン・マーシャル=グリーンの体格は普通だし、何かロボットっぽい装備を身につけるわけでもない。
首の後ろのところに、「なんか手術しましたよ」というテープが貼ってあるだけである。なんせ低予算映画である。凝ったロボットの表現をするにも限界があるのだ。

というわけで、『アップグレード』製作陣が頼ることができるのはまさに裸一貫、役者の演技とカメラワークだけである。そこで彼らがとったのが、前述の通りのロボットっぽい動きを、カメラをぐるぐる回しながら撮るという手だった。我々が普段目にするロボットの動きは、生物的な揺らぎやフラフラしたところがない。車を組み立てるロボットはスパッと一点に向かって部品を持っていくし、目的の場所まで動いたらピタリと止まる。あのスッと動いてピタッと止まる動作を、生身の人間にやらせるのである。

ステムは敵の動きを見切っているから、振り回されるナイフも毎回ギリギリのところでスッと避け、必要最小限の動作で相手を殴る。人間的なブレが一切なく、カメラがそれに追随して動く。そんなAIカンフーを、生身の人間の力技で映像化する! 思いついても「無理があるんじゃ……?」となってやめておくようなアイデアを、『アップグレード』の製作陣は腕尽くで完成させてしまったのだ。役作りって言ったって、どうやったのか見当もつかない。
「首から下がAIに乗っ取られちゃった人のアクションシーン」という、全人類が体験したことのない殴り合いをやることになったローガン・マーシャル=グリーンには、心の底からお疲れ様でしたと言いたい。

『アップグレード』は全編この調子で、低予算を逆手に取ったド根性とアイデアが眩しい一本である。80〜90年代くらいのチープなSF映画が好きだった人には、どこか懐かしく感じられる作品になっているはずだ。「やる気と力技次第で、金をかけなくても面白い映画は作れる!」というスピリットに、おれは感服した次第である。
(しげる)

【作品データ】
「アップグレード」公式サイト
監督 リー・ワネル
出演 ローガン・マーシャル=グリーン メラニー・パレイヨ ベッティ・ガブリエル ハリソン・ギルバートソン ほか
10月11日よりロードショー

STORY
近未来、謎の一団によって妻を惨殺されたグレイは、ハイテク企業のオーナーに持ちかけられた手術によって、首の後ろにチップを埋め込まれる。チップの力で超人的な力を得たグレイは、次々に犯人を特定していくが……
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