本能をおさえ、友達を、愛する人を、食べずにいることはできるのか。
アニメ『BEASTARS』(→公式サイト)。
今日10月30日(水)24:55より、フジテレビ「+Ultra]ほかで、放映開始。
NETFLIXで毎週木曜日配信。
「BEASTARS」舞台に立つ男子学生のドーピングは是か否か「ウサギの血」問題4話
『BEASTARS』コミックス4巻 原作:板垣巴留

今回はハイイロオオカミのレゴシが、大勢の前で肉食動物としての力を振るった回。
Netflixだと15分30秒近くから。今までフラットな、感情を出さない生き方をし続けていたレゴシが、突然凶暴に拳で殴り続ける表現は、怒りと苦しみがぐちゃぐちゃになったような演出になっている。
声の演技も、平坦だったレゴシとは思えない激しさがあるので、是非見てほしい。

モラル不足のビルが選ばれた理由


今までおとなしく、誰に対しても優しく、みんなに迷惑をかけないようにひっそり生きていたレゴシ。
彼が大衆の面前で、怒りをむき出しにし、トラにマウントを取って、拳でタコ殴りにした。
レゴシが初めて己の思いを明確に表した、『BEASTARS』の転機となるシーンだ。

肉食動物と草食動物の共存を新入生に伝えるための、重要な演劇公演。花形役者のアカシカのルイは、演技力とカリスマで会場を大いに魅了。大成功かと思われた。しかし彼の足は骨折。
二日目登壇することはできない。
ルイは急遽トラのビルを抜擢。穴埋めとしてハイイロオオカミのレゴシがちょい役で出演することになった。
その壇上で、レゴシとビルの、演技ではない殺し合い寸前の喧嘩が勃発する。

トラのビルは、草食・肉食の力関係を描くこの作品で、重要な意味合いを持ったキャラクターだ。
ルイとレゴシは草食動物の共存、肉食との力関係を考え続けているため、2人とも思考が重い。
しかしビルはちょっとやんちゃ。「俺は自分がトラに生まれてよかったって心から思っています」と、自分の育ちと力の強さを楽しんでいる。

「強いやつが強いまま生きれば、輝ける」という思考で生きるビルは、力の強さに自信があり、悩み多き演劇部員の中では「陽キャ」なムードメーカー。
ところどころデリカシーがないのも、「あいつだからなー」で流されちゃうような存在だ。
レゴシが草食系男子だとしたら、ビルは肉食系男子、といった対になるキャラクターだ。

それでいてビルは、演劇ではひときわ努力をしている。
ルイは「何よりためらいなく俺にケガを知らせた度胸が気に入った」と言っていたらしい。
努力家でありつつ血気盛ん。少々欲望に忠実。若さゆえの肥大した度胸もある。それでいて年相応に震える一面も。
非常に男子学生らしいキャラクターだ。彼のサバサバした性格はファンの間でも人気。今回はヒールになってしまっているが、後の展開の行動で、彼はすっかり愛されキャラになっていく。思想を持った動物が多い『BEASTARS』のでは、本能と欲望に忠実な分、とても見やすい存在だ。

完璧主義のルイが、幼さと愛嬌があるビルを選んだのは、このあたりも見抜いてのことだろう。
何より、ビルがモラルへの意識が薄いことを、ルイは見抜いている。それでもOKなのだ。

「肉食動物の力」を理解して、肉食動物らしく生きているビル。彼は今回、ヒールになった。しかし彼の動物らしい生き方は「絶対的悪」ではないのも重要なポイントだ。

「ウサギの血」は罪か?


問題なのは、ビルが先輩からもらったウサギの血を「正当なドーピング」として隠して飲んていたことだ。
肉食が草食を食べるのが重罪とされる世界で、この行動はおそらくアウトだろう。
レゴシは草食を襲う肉食動物が許せない。だからステージの上で、ビルをひたすらに殴った。

しかし「ウサギの血」がこの世界でどこまでNGなものなのかは、はっきりとは描かれていない。
まずビルは「食殺」してはいない。
ビルの話だと、軽いドラッグに近いものらしい。もっとも動物世界では草食動物の肉を食べるのは本能的なことなので、麻薬そのものとイコールにはしづらい。
(このあたりを考える際は、今後のアニメの6話か7話あたり、原作の3巻を見る必要がある)

どちらかというと、レゴシ以外から見たら「食殺事件で学園が荒れているにも関わらず、不謹慎すぎるんじゃないの?」という出来事なのだろう。
肉食動物が血を飲んだからといって、急激にパワーアップすることはない。
薬物にはなりえない。
草食動物の血を飲むことで「強い肉食動物としての自分」を再認識し、心を昂ぶらせる、という精神的ドーピングなんだろう。
人間の場合に例えると「緊張していた男性が、女性を抱いて、男であることを確認し、己を奮い立たせる」くらいの感覚か?

ビル「だからこれは正当なドーピングだ! 分からないだろうな。責任逃ればっかしやがる草食獣の太鼓持ち(レゴシ)には!」
ビルのドーピングに対して本気で怒っているのは、4話時点ではレゴシだけだ。
レゴシは法律的な罪について怒っているのではない。
ビルの「自分のために草食動物を下に見る」行動への苛立ちと、彼がウサギのハルに特別な思いを抱いたモヤモヤが混じった、私怨に近い。
そして、自分が草食動物を守ろうとしていることの、正しさを確認するための戦いでもある。

その一方で、自身も肉食獣としての運命と過ちを受け止めた。ビルの爪を跳ね除けずそのまま受け止めたのは、まだ彼が自らに否があると立ちすくんでしまうからだ。
ビルに引き裂かれた背中の傷は、レゴシの身体にずっと残り続けることになる。

正しい、ってなんだろう


レゴシが怪我をして立てなくなった後に、肉食動物のビルを「偽りの亡霊」と言い切って、アドリブで割り込んで物語を修正したルイ。彼のカリスマが光る。

「大丈夫、お前は正しい」
ルイがはじめて、レゴシを認めた瞬間だ。

ルイは「不愉快なんだよ。あいつは無理して弱者の側に立とうとするから」とレゴシに苛立ち続けていた。「(力の弱い)シカの俺からすれば、虫唾が走る話だ」
しかし今回、レゴシは草食動物の側に立つ思想はそのままに、自分の力に責任を持ち、己の力を行使した。

ルイは何を「正しい」と言ったのだろう。
草食動物を守ろうとした思想についてもあるだろう。それだけでなくレゴシがやっと自分の力を受け入れたこと、ともとれる。
ここで多くを語らないのが、ルイらしいところ。彼の考えとレゴシの自信は、後の回でたっぷり描かれていくはず。

さて、ルイたちが演じている演劇「アドラー」は草食動物の強さを知らしめる公演であると同時に、死神としての力関係を明示するプロパガンダ的演劇。
ところが今回肉食動物のビルが演じた。
原作では、皆の「共存」意識の変化と共に、演劇の構造はどんどん変わっていく。
生物の多様性をどんどん吸収していくかのよう。演者の学生たちは、それぞれの思想を持って、現実を擬似的に再現する演劇に向き合う。
(たまごまご)
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