セクシュアルマイノリティへの理解は、数々の困難を抱えながらも徐々に進みつつあるが、それがもし種を超えたものであった場合、私たちは受け入れることができるだろうか?
2019年、ノンフィクション作家の登竜門「開高健ノンフィクション賞」を受賞した濱野ちひろの『聖なるズー』(集英社)は、「動物性愛(zoophilia)」をテーマにしたセンセーショナルなルポルタージュだ。

獣姦と動物性愛
「動物性愛」とは、本書の言葉を借りれば「人間が動物に対して感情的な愛着を持ち、時に性的な欲望を抱く性愛のあり方」のこと。もちろん、ここには人間と動物とのセックスも介在する。
人間と動物とのセックスといえば、いわゆる「獣姦」という言葉が広く知られている。しかし、動物性愛とは、似て非なるものであるという。
獣姦は動物とセックスすることそのものを指す用語で、ときに暴力的行為も含まれるとされる。そこに愛があるかどうかはまったく関係がない。一方で動物性愛は、心理的な愛着が動物に対してあるかどうかが焦点となる。
つまり動物性愛とは、人間と動物との「愛ありき」、つまり感情面での繋がりを前提とした関係であり、セックスという行為は副次的なものとして位置づけられる。
性的倒錯か、性的指向か
動物と人間との、種を超えた関係性である「動物性愛」については、性的倒錯であるという見方と、同性愛などと同様に性的嗜好の1つであるという、大きく2つの見地に分かれるのが現状のようだ。つまり、「アブノーマルである」という意見と、「そういう在り方もあるよね」という意見が併存している。いずれにせよ、現状ではマイナーな性的指向であることは間違いなく、さらに「動物虐待」というイメージで語られやすい性質を持っていることから、おそらく忌避感を抱く人の方が多数であると思われる。
しかし、『聖なるズー』を読み進めていくに従い、読者は自分の抱く「動物とのセックスなんてあり得ない!」という違和感やネガティブな感情に揺さぶりをかけられることになる。
濱野が取材先に選んだのは、ドイツにある世界唯一の動物性愛者(通称「ズー」)による団体「ZETA(Zoophiles fur Tolerants und Aufklarung)/ゼータ(寛容と啓発を促す動物性愛者団体)」のメンバーたちだ。
ゼータの主な活動内容は、動物性愛への理解促進、動物虐待防止への取り組みであるという。
動物性愛者の考える「動物のパーソナリティ」とは
取材を通して見えてきたズーたちの実態は、こちらに「理解できない」という先入観があればあるほど、意外に感じられるかもしれない。なぜなら彼らの掲げる理想は、見方によっては、まっとう過ぎるくらいにまっとうだからだ。
ゼータのあるメンバーは、このように語る。
「ズーの話はセックスのだと、みんな考える。けれども、本当はそうじゃない。動物や世界との関係性の問題なんだ」
動物とのセックスは、話題としてセンセーショナルであるがゆえに俎上に上りがちだが、取材を受けたゼータの面々が揃って重視するのが、動物との対等な関係性、そして「動物のパーソナリティ」である。彼らは、動物たちが自分と対等の立場であるという前提に立ち、そのパーソナリティ──つまり、動物1匹1匹が持つ固有性を尊重する。そして、その固有性は、彼らの愛するパートナーである動物たちとの関係性の中で生じ、発見されるものだ。
相手を固有の存在として認め、対等の立場で関係を結ぶこと。これは、人間vs.人間に置き換えても、理想的な在り方であると言えよう。『聖なるズー』に登場するズーたちは、「パートナーが動物である」という、その一点によってのみ「アブノーマル」の烙印を押されているように見えなくもない。
「動物との対等な関係」は可能か?
とはいえ、あらゆる物事は一枚岩ではない。
ズーは、必ずではないが、動物とセックスをする。セックスをするには、相手の同意が必要となる。彼らは「パートナーである動物が誘ってくる(そして、それが分かる)」と主張するが、人間の言葉を発することのできない相手が、本当に100%同意していると言えるのか? 当然のことながら、明確な答えを動物たちから得ることはできない。
また、あるズーは「動物は裏切らない」と言う。「裏切る/裏切らない」という基準は、どこか主従の関係を思わせなくもない。あるいは動物に対して、人間がパッシブパート(挿入される側)を取るか、アクティブパート(挿入する側)を取るかでも、その見え方はまた変わってくる。
『聖なるズー』の執筆の背景には、濱野が約20年間もの間受け続けた元恋人からの壮絶なDVがある。絶望しきった彼女が、再び愛とセックスに向き合うには、その意味を根本から問い直す必要があった。
「理解できること」と「理解できないこと」。その狭間をたゆたう中で見えてくるのは、種を超えた性愛の実態だけではない。人間が「ないもの」としがちなペットの性欲、ジェンダー問題、男性器の孕む暴力性、歴史・宗教が作り上げてきたモラルや価値観……etc.
本書が見つめるのは、多様性の「その先」、現代を生きる私たちの「これから」の姿だ。
(辻本力)