「アメトーーク!」今年が大事芸人2020の裏で起きていた生存戦略ミラクルをご報告
「井上マサキのテレビっ子からご報告があります」第25回。ライターでテレビっ子の井上マサキでございます。この連載は日々テレビを見ていて気になった細かいこと、今のアレってアレなんじゃないのと思ったことを、週報代わりにご報告できればと思っております。どうぞよろしくお願いします

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1月30日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)は「今年が大事芸人2020」だった。登場したのは霜降り明星、宮下草薙、EXITといった「お笑い第7世代」の面々と、そろそろ冠番組が欲しいという三四郎、そして芸歴20年目のダイアン。
MC側ゲストには千鳥が座る。

番組序盤から、トークは荒れに荒れた。千鳥ノブが「バラエティよ〜!」と仲裁し、蛍原徹が奇妙なダンスを踊って自分に視線を集めようとする。ひな壇は不安と不満とボディーブローが飛び交う修羅場と化していたのだ。

草薙が宮下にガチボディーブロー


この日最初のトークテーマは「2020年 僕たちの悩みと不安」。宮下草薙のボケ・草薙が口にしたのは、相方である宮下兼史鷹のこと。最近すっかり自信を無くしているという。これまで番組出演前に入念なシミュレーションをしてきたが、思い通りにしゃべれない。さらに、ピンの出演が多い草薙は、現場でどんどん成長してしまう。宮下は自分がやることに意味を見いだせなくなっていた。

草薙の隣に居るだけなんて意味がない、自分はもうコンビに必要ない、解散してピン芸人としてリスタートしたい……。ネタでは草薙のネガティブを止める役割なのに、リアルなネガティブが止まらない宮下。コンビでやっていきたい草薙は必死で「宮下!宮下!」と制止する。


続いて悩みを打ち明けたのはEXIT。「Youtubeが楽しくなってきた」という兼近。テレビの収録時間ってバカみたいに長くないですか? ワイプで顔を抜くのなんて別撮りでもよくないですか? 分けわかんない人の話を聞かされるし、どんだけやるのか……と暴走し、相方のりんたろー。が「兼近!兼近!」と制止。最近は「オレらなんか今年いっぱいだ」とネガティブなことも口にしているらしく、草薙も「陽でいてほしい」と願う。

気がつけば、この日の第7世代の面々で、最も気を吐いていたのは草薙だった。宮下が三四郎小宮を挑発してマジゲンカに発展すると、宮下の首を絞めてみせ、さらに小競り合いが続くと「いいかげんにしろよ!」と宮下にガチのボディーブロー。一連の混乱が収まると、「仲良くやろうねみんな!」「俺はケンカとか嫌いなんだよ!」「楽しそうだなぁって思って芸人になりました!」と叫ぶ。

売れっ子たちは、年末年始も休みがなかったという。仕事に忙殺されれば、心が乱れることもあるだろう。仲良く元気でやりたいが、不安が消えないのも事実。生き残るにはどうしたらいいのか……。


実は、そんな「生存戦略」を教える番組が、23時15分に『アメトーーク!』が始まる直前に他局で流れていた。

時刻は22時50分。チャンネルはEテレ。話す人は、山田孝之である。

キャベツの生存戦略を小倉優子で学ぶ


1月29日放送の『植物に学ぶ生存戦略3 話す人・山田孝之』(Eテレ)。『ブラタモリ』のアシスタントでもお馴染みの林田理沙アナを相手に、山田孝之が植物の生存戦略を解説するシリーズのシリーズの第3弾である。

といっても、普通の教育番組ではない。ネナシカズラの回ではスタジオに人間の「クズのヒモ」が登場。その生態をボードにまとめてから、ネナシカズラが他の植物に寄生する様子を説明。最後に「ちなみに私は、15歳から役者という職に就き、以降20年間休むことなく働き続け、莫大な収入を得てきました」と山田孝之がヒモとの違いを見せつけて終わる。

カラスウリの回では、ジュディ・オング(本人)を表れ、腕にレースがついた衣装で名曲「魅せられて」をワンコーラスを熱唱。衣装と同様に、カラスウリの花にもレースがついている。
夜に花が咲くため、昆虫に見つかりやすいようにする生存戦略だ。本当に暗闇でレースが見えるのか。検証のためだけにジュディ・オングを呼んだ。
「アメトーーク!」今年が大事芸人2020の裏で起きていた生存戦略ミラクルをご報告
「カラスウリ」の一場面。スタジオが真っ暗でどこに誰がいるのかわからないので、名前のテロップだけを出したシュールな画面

こうして文章にすると終始冗談で話が進んでいるが、山田孝之も林田アナも(ジュディ・オングも)ずっと真顔である。セットは最小限で、テロップもシンプル。BGMもほとんどない。昔ながらの「NHKの教育番組」のパロディを、本丸のEテレで仕掛けている。

最後に紹介したのは「キャベツ」だった。キャベツは葉がたくさん重なっており、本来なら光合成に適さない形をしている。なぜか。山田孝之は「デビュー当時の小倉優子」の絵をボードに貼って説明する。小倉優子は「こりん星生まれのりんごももか姫」としてデビューしたが、今はそんなことを言わない。
時代が求めなくなったからだ。キャベツも時代のニーズの合わせ、その姿を変化させたのだ、と。

「でも、生き残るために自分を捨てていくのは、少し可哀想に感じます」と林田アナ。それに山田孝之は「全くそうは思いません」と続ける。

「私たちは大人に、自分らしく生きなさい、やりたいことを見つけなさい、そう教わってきました。あれは呪いの言葉です。自分のやりたいことをやって生きるのだけが、人生の正解ではないのです。人間は人間と関係しながらでないと生きていけない生き物です。ならば他人の求めるものに姿を変えながら、生きていくのもひとつの人生なのです」

番組終盤。この台詞を語ったその時刻、テレビ朝日では『アメトーーク!』がはじまっていた。

売れっ子たちは、やりたいことと求められることのギャップに苦しんでいた。キャベツは人間の求める姿に変えながらもしたたかに生きている。
草薙も、りんたろー。も、相方が隣にいることを求めていた。

ならば求める姿に形を変えるのも、ひとつの人生なのかもしれない。自分のやりたいことをやって生きるのだけが、人生の正解ではないのだから。

Eテレ『植物に学ぶ生存戦略3 話す人・山田孝之』 再放送予定 2月1日(土)24:30

(井上マサキ)
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