1995年の阪神・淡路大震災。
自らの被災しながらも、安克昌は、被災者の精神医療活動を始めた。

避難所に訪れ、来援者と協力し、戸惑い、模索しながら、心のケア・ネットワークを立ち上げた。
ドラマ「心の傷を癒すということ」は、その精神科医安克昌をモデルにして、全4話で、彼の生涯を描いたドラマだ。
脚本は、桑原亮子
柄本佑「心の傷を癒すということ」最終回必見「在日韓国人や。それで医学部や」やさしく激しい精神科医の心
原案となった安克昌『心の傷を癒すということ』第18回(1996年) サントリー学芸賞・社会・風俗部門受賞作

在日韓国人や。それで医学部や


第1話は、精神科医・安和隆の生い立ちが、1995年1月17日直前まで描かれる。
演じるのは、柄本佑。
「知らなくてもいいコト」(レビュー)では、吉高由里子の元カレを演じてイケメンっぷりを発揮しているが、「心の傷を癒すということ」では、おだやかなで、のんびりした精神科医を見事に造形した。


「ぼくな、ほんまは安田ちゃうねん。安って言う名前やねん。在日韓国人や。それで医学部や」
在日韓国人3世として生まれ、厳しい父の期待に答えられないことや、アイデンティティについて悩みながらも、終子(尾野真千子)と出会い、結婚し、こどもも生まれる。

写真を撮ることが被災者の助けになっているのか


そして、第2話。
「1995年1月17日午前5時46分。阪神淡路大震災が発生した」
ナレーションとともに、震災の写真が映し出される。

「震災の直後、私はひとりの精神科医と忘れられない仕事をした」
日報新聞社文化部の新聞記者の谷村英人(趙みん和)の語りからはじまる。
後に『心の傷を癒すということ』というタイトルの本としてまとまる連載を和隆に依頼する人物だ。

震災の様子を外側からの報道ではなく、精神科医として見たことを内側から書いてほしいと願う。
悲しみにくれている人の写真を撮ることが、取材することが、被災者の助けになっているのか。
「僕の仕事に意味はないんじゃないか」と悩む谷村に、和隆は言う。
「ありますよ」
いつか地震があったことを忘れられそうになる。
そんな時、記事や写真が思い出させてくれるのだと、言う。
このドラマも、そのとき苦悩しながら取材した人たちの思いを受け継いで、作られたものだろう。

次の人に手渡す何かがあることが


第3話は震災から二ヶ月後を描き、最終話は震災から五年後。
和隆が「心のケアってなにかわかった」と言い、母(キムラ緑子)が「なに?」と聞く。
その答えは、シンプルでまっすぐな言葉だ。だが、それまで彼を寄り添うように観ていた者には、まっすぐな言葉にたくさんの思いを読み取ることができる。

突然、襲いかかる震災に、われわれは何で戦えばいいのか。
ともだちと好きな曲を聞くこと、地震ごっこ、息子にチェスを教えること、ジャズのピアノ、イカナゴのおすそわけ、新聞の記事、父が読んでいた本、生まれてくるこどもの名前を考えること、赤ん坊の映像、そばにいること。
次の人に手渡す何かがあることが、生きる希望になる。

“この震災の中で彼は多くのものをみた。にもかかわらず、彼の筆致は淡々として、やわらかであり、まろやかでさえある。その中に、彼の悼みと願い、怒りと希望とを読み取ることは読者が協同して行う仕事となるであろう。


『心の傷を癒すということ』の序文に中井久夫が書いたこの言葉は、ドラマにもあてはまる。
和隆先生が書いた記事、言ったこと、なしたこと、それらが、おおぜいの人に伝わり、手渡され、受け継がれていく。ドラマのなかで描かれたその思いは、ドラマのなかだけで閉じていない。
誠実に、ていねいに、やさしく、でも激しく描かれたドラマ「心の傷を癒やすということ」は、観る者がたくさんのことを読み取り、次の人に手渡す何かを発見する作品になっている。

最終話の再放送は、2月13日(木)午前0時55分~1時44分(水曜深夜)。
サブタイトルは「残された光」だ。

(米光一成)

土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」
2020年1月18日(土)から2月8日(土)
総合テレビ 毎週土曜日 夜9時から49分(全4回)

原案:安克昌
脚本:桑原亮子
音楽:世武裕子
制作統括:城谷厚司
プロデューサー:京田光広・堀之内礼二郎・橋本果奈・齋藤明日香
演出:安達もじり(1・4話)松岡一史(2話)中泉慧(3話)
出演:柄本佑、尾野真千子、濱田岳、森山直太朗、趙みん和(※みん=王へんに民)、浅香航大、上川周作、濱田マリ、平岩紙、石橋凌、キムラ緑子、近藤正臣