
新型コロナウイルスの感染拡大が続いているインド。13億を超える人口を抱える同国では、3月25日からロックダウンが続き、医療以外にも経済や失業などで多くの問題が起きている。
首都ニューデリーの郊外にあるハリアナ州グルガオンで鍼灸治療院を営む大川淳子さんに、現地の様子を聞いた。
スラム街での3密が感染拡大をより助長

――新型コロナはインドでどのようにして広がりましたか?
最初の感染者は、1月末に南インドのケララ州で発見されました。中国の武漢から戻った学生でした。その後、3月になって各地で感染者が少しずつ増え始め、3月末にインド全土がロックダウンしました。
――感染が拡大し始めたのはいつですか?
ロックダウン後の4月に入ってからです。インドのムンバイにある、アジア最大のスラム街ダラビなどで感染が一気に広がりました。またここだけでなく、同時期に他の地域でも感染は広がりました。大きなイスラム教の祭事でクラスターが発生し、各地から集まった人たちへ感染を広げたという話もあります。
――開発途上国ならではの感染拡大の原因などもあるのでしょうか?
インドでの感染拡大の原因は、貧困層の多さと、スラム街などの住環境の悪さがあります。貧困層はスラムなどの中では非常に密な状態で暮らさざるをえません。ソーシャルディスタンは取れませんし、手を洗う水すら清潔でないです。マスクや消毒液などは、もちろんない環境です。
――感染が爆発するかもという恐怖みたいなものは感じられましたか?
ロックダウン当初の3月末時点では、私自身はそこまで深刻な印象を持っていませんでした。
――先ほどおっしゃっていたような住環境だと感染が広がるのは早そうですね。
インドでは、貧困層と富裕層、中間層のお互いが非常に近い存在です。そのため、例えば貧困層に感染が広がれば、それは中間層にも富裕層にも広がる可能性があります。
中流家庭以上の家では、必ずお手伝いさんや運転手を雇っており、持ちつ持たれつの関係です。また、お手伝いさんなどは勤務先に歩いて行ける場所に住んでいます。そのためインドでは、高級住宅街エリアの裏には必ずスラム街があり、両者はかなり隣接しています。
――ロックダウン中はどうですか?
ロックダウン開始当初から、家族以外の人(お手伝いさんや運転手)の家の出入りが禁じられ、感染拡大防止策が取られています。私たちのアパートでも、ロックダウン中は彼らを私たちのアパートに入れることはできない状態です。
生活必需品はスマホのアプリでデリバリー

――国民一人ひとりが実施している感染対策は、どんなことがありますか?
外出をしない、マスクの着用、ソーシャルディスタンスを取る、手の消毒といったことです。私たちの住む地域では、マスク着用が義務化されており、違反者には1カ月以下の懲役または200ルピー(約350円)以下の罰金,またはその両方が課せられる可能性があります。
――実際にこれらはきちんと守られていますか?
貧困層は状況的に難しいものの、それ以外は意外と徹底して守られていると思います。インドは、各住居エリア(コロニー)がブロック毎に区切られているのですが、インド人は家族の安全を守るために、ブロック毎に独自のルールを作ったりして、さらに厳しく、お互いが監視しているところも多いようです。コロニーというのは、各住居エリアには柵があって、何カ所かある入り口はガードマンにより、出入りが24時間管理されてます。各コロニーには、集会所やスーパーマーケットがあり、町内会のような感じで、その中での独自ルールが定められています。コロニー内のお知らせはメールで回ってきます。
――新型コロナが深刻化してから、大川さんはどのような生活を送っていますか?
ずっと家にこもって生活しています。
――生活必需品はどのようにして手に入れていますか?
近くのスーバーマーケットで購入するか、もしくはスマホなどのアプリを使って、デリバリーしてもらっています。インドでは、必ず徒歩圏内にマーケットがありますし、デリバリーのアプリが充実しており、何でも配達してくれます。

――買い占めはありますか?
買い占めはあまり目立ちません。ロックダウン当初は、物流面において少し混乱があり、品薄になった商品もありましたが、それも1週間程度で、今は必要なものについては、常に商品は補充されています。
――治安の悪化はありましたか?
私の住むエリア(グルガオン)では、治安の悪化は感じません。
日本のメディアで、インドの警官が外出している人を棒で殴ったりしている映像が流れているのを見ましたが、私はそんな光景は見たことがなく、他の地域、例えばデリーなどの映像なのかなと思いました。
――インドのメディアで、新型コロナに関する日本での報道の模様は報じられていますか?
私はテレビを見ないため正確には分かりませんが、ないと思います。
アプリで自身の感染危険度の目安を知る

――医療について、インドではどのような対応が取られているのでしょうか。
指定されたルートでPCR検査を受けられるようです。結果が陽性だった際、指定病院で隔離されますが、医療設備が十分に整っているとはいえないため、病院内での衛生状態を懸念する声があります。そのため多くの外国人は、そのことを恐れて自国へ帰国しています。
――インドにおける独自の新型コロナ対応策みたいなものはありますか?
「Aarogya(アーロギャ・セトゥー)」という、ヒンディー語で「ヘルスケアの架け橋」を意味する名前のアプリを国が推奨しており、感染者が発見された場合に、過去14日間の接触者に対して、SMSなどで医学的な助言が届いたり、オンラインチャットや感染者との接触履歴から「自主的隔離が必要」「検査を受けに行く必要がある」といった感染リスクを確認できます。また匿名化データから、政府がホットスポットを特定し公表しています。これは素晴らしいアプリだと思います。
――他国同様に新型コロナでは失業者も増えますよね。
インド経済監視センターによると、4月のインド全体の失業率は約24%でした。
ロックダウンが明けても不安はなかなか払拭できない

――現在、最も不安なことはどんなことでしょうか。
このままロックダウンが続き、当院の営業が再開できないことも不安ですが、それ以上に、ロックダウンが解除され、世の中が動き始めた後の、従業員の安全や、お客様への感染リスクなどの方が心配です。
インドでは、3月末から非常に厳格なロックダウンを続けてきましたが、5月5日からは、州ごとにいろいろな規制緩和が始まりました。エリアをグリーン、オレンジ、レッドに分け、それぞれのゾーンで許される商業活動の設定や、制限付きのオフィス出勤許可、工場の稼働などを行っています。
――新型コロナで、お仕事に何か影響は受けていますか?
私は、現地で「ありあけ堂鍼灸治療院(https://www.ariake-do.com/)」という鍼灸治療院を経営していますが、3月末から治療院を閉じている状態です。インド政府の規定に則り、6人いるインド人従業員は解雇せず、給与は継続して払い続けています。また、サービスの性質上、ロックダウン解除後もすぐには元通りになるのは難しいと考えています。さらに法的には許されても、従業員やお客さまの安全を考慮すると、すぐに再開はできないなという気持ちもあります。
――新型コロナに対する国から国民や企業への経済的なサポートとして、どのような手当てがありますか?
5月12日のモディ首相の演説で、経済回復に向け総額20兆ルピー(約28兆円)の経済対策を行うとの宣言がありました。
国民に対しては、貧困層や女性への手当や、企業側へ労働者の解雇を禁止する要請があります。
――他国から支援できることがあるならば、どんなことが必要、または有効だと思いますか?
医療環境の脆弱さについて、先進国からそのサポートなどがあれば、もう少し安心してインドに残っていられると思いました。
――コロナ禍を体験してインドで新しい発見はありましたか?
ロックダウンした結果の良い面として、すでにメディアに取り上げられているように、インドの大気汚染が大幅に改善されました。全世界的な現象だとは思いますが、インド(デリー)は世界的にも特に大気汚染がひどく、「ガス室」という言葉が当てはまってしまうくらいです。ところがロックダウン中は大気汚染だけでなく、騒音もなく、外がまるで南国の楽園のようです……!

ロックダウンが明けたら、また元通りの状況になるとは思いつつ、今のこの景色と空気が、少しでも、インドの人々の心に、環境問題に対しての何かしらの気づきを残してくれるといいなと思っています。