
恋愛の無様で美しい姿を描く『窮鼠はチーズの夢を見る』
大倉忠義と成田凌が共演する『窮鼠はチーズの夢を見る』(行定勲監督)は男性とか女性とか関係なく、誰かが誰かを好きで好きで仕方ない無様で美しい姿を描く恋愛映画。不思議なもので、異性愛の物語ではなく男性同士の物語であるという感覚は、映画が始まってすぐに消えてしまった。
会社員・大伴恭一(大倉忠義)はある時ふいに大学のテニスサークルの後輩・今ヶ瀬渉(成田凌)と再会。
恭一に恋する今ヶ瀬の態度には、誰かを好きになってその想いをなんとか遂げようとするときには誰だってこんな感じに相手の状況をよく理解し、ここぞというときに積極的に出ていくなあとか、恭一のように、ついつい流されていく人っているなあと、身に覚えがあって、こういうのは性別では分けられないと感じる。

恭一は離婚前、好きで結婚した妻・知佐子(咲妃みゆ)に隠れて不倫をしていた。その後、今ヶ瀬と付き合うようになってからも、サークルの後輩・夏生(さとうほなみ)や会社の部下・岡村たまき(吉田志織)に好意を持たれてなんとなく関係を持ってしまう。なんとなくその場の快楽に流されてしまう恭一の自堕落さを責めることはできない。そんな彼が過去につけられていたあだ名が笑える。
そういう意味で、恭一は性差関係なく平等にヒトと接しているようでもあるが、いざとなると、男性との恋愛に恭一は踏み込みきれない。その超えられない切なさは、誰かと仲良くなってもいつか終わりがくるかもしれない予感とも似ている。いつか終わってしまうかもしれない漠然とした不安は、やっぱり男女関係なく、恋にも限らず、誰もがいま浸っている幸福の傍らにつねに抱えているものである。
行定勲監督による作品だけに、生々しさと美しさのほどよさが抜群
恋愛映画の何が魅力かといったら、ドキドキすること、キレイだなあと思うこと、共感できること、かなと思う。それを大倉忠義と成田凌は満たしている。二人が愛し合うシーンは、ロマンポルノに挑んだ『ジムノペディに乱れる』(16年)、教師と生徒の禁断の恋を描いた『ナラタージュ』(17年)を撮った行定勲監督らしく、生々しさと美しさのほどよさが抜群である。光の当て方が美しい(照明:松本憲人)。夜のシーンもいいけれど、昼間の時間もいい。二人が屋上ではしゃいでいるところや、服を着ないでキッチンに並んで立っているところなど……やっぱり、恋の始まりはうきうき心が弾む。とりわけ、恭一の洗濯物に自分の洗濯物も混ぜて洗濯機を回す今ヶ瀬の、そのあとの行為までを含む、なにげない多幸感は魅力的である。
だが、恭一と今ヶ瀬の恋が単なるファンタジーにならないのは、彼らがそれぞれピュアな部分もあるけれど、それだけでなく、前述した、目先の快楽におぼれてしまう恭一や、恭一から離れられない今ヶ瀬の執着、各々の精神の脆さと、それをつつみ隠さないこと。大倉と成田は映画のなかで全身をかなりさらけ出していて、その肉体や精神性は美しいのだが、好き過ぎて、時々いやな面を出してしまうのがリアルで、『窮鼠〜』はそのすべてが、どれかひとつを過剰に描かず、部屋に並んでいる家具や家電のように、それぞれの機能があって、どれもこの部屋に必要ないものはないのだというふうに描かれているように感じる。

かかる音楽もどこかのシーンを過剰に盛り上げるようなものがない(音楽:半野喜弘)。時が巻き戻ることなく、一定のリズムを刻みながら進んでいくように、様々な感情が沸いては消えながら、相手と絡み合い、形を変えて、豊かな実りをもたらすこともあれば、朽ち果てていくこともあって、それでもただただ進んでいく。
恭一の部屋は妙にクールで乾いていてものごく生活感がないのだが(美術:相馬直樹)、女性が選んだあるものが入り込んだとき、そのバランスが崩れる。そして、今ヶ瀬は今ヶ瀬で、恭一の部屋にあるものを自分の印のように置いておく。
今ヶ瀬と「刺客」との牽制し合う様子にハラハラ
見終わってよくよく考えると、ヒトを好きになったときのことしかこの物語には描かれていない。恭一も今ヶ瀬も仕事をしているけれど、仕事はまったく重要でなく、ひたすら恋したとき、どうなるかだけ。今ヶ瀬と彼のライバルとなる夏生やたまきとの牽制しあう感じはハラハラする。
原作は水城せとなの漫画で、彼女の漫画はドラマ化された『失恋ショコラティエ』もそうだが、恋愛の毒をものすごく色鮮やかに、どこか突き放した感じに描いている。

恭一が今ヶ瀬をなぜ好きなのか、今ヶ瀬が恭一をなぜそんなに追いかけ続けたのか、理由はよくわからない。理屈不要な世界がこの映画ではきちんと描かれている。ただただ今ヶ瀬が恭一を好きで、流されたとはいえ、恭一も今ヶ瀬が手放せなくなっていく。本来、これが、異性愛だったらハッピーエンドになるかもしれないが、同性同士の愛ゆえに、恭一は最後の一歩を踏み出すことに迷い続ける。
一線を超えるという言葉があるけれど、その線を超えても超えなくても意識した瞬間に恋は愛になる。でもおそらくだが、恭一は流される性分を直さない限り、異性ともなかなか幸福になれない気がする。大倉忠義が終始定まらない、砂漠を旅するような恭一の心を演じ、成田凌がその心をなんとかつかもうとする熱情を発して、それが近づいたり離れたりする軌道はまるで砂漠の蜃気楼のよう。
大倉と成田の姿を見ていたら、恋愛映画の何が魅力か気づいた気がした。ドキドキすることと近い感覚ではあるが、誰にも見せないというか限られた誰かにしか見せていない顔を見た気になれる歓びである。
(木俣冬)
作品情報
『窮鼠はチーズの夢を見る』9月11日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国ロードショー

出演:大倉忠義、成田 凌
吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子
監督:行定勲
原作:水城せとな「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」(小学館「フラワーコミックスα」刊)
脚本:堀泉杏
音楽:半野喜弘
配給:ファントム・フィルム
(c)水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
公式サイト:https://www.phantom-film.com/kyuso/