『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話

「スポーツに政治を持ち込むな」という詭弁

大坂なおみ選手が、BLM運動のなか試合をボイコットしたり、人種差別や警官によって命を奪われた黒人の犠牲者の名前が書かれたマスクをつけて試合会場に現れた際、ツイッターは荒れに荒れ、差別的なツイートが乱れ飛び、「スポーツに政治を持ち込むな」と使い古された常套句をドヤ顔で飛ばす輩も目立った。だが、これこそ詭弁である。そもそも大きなスポーツの大会やプロスポーツは、近代五輪の発祥から今日まで、それそのものが政治まみれだ。


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観客だって政治を持ち込んでいる

観客は「スポーツに政治を持ち込むな」と言うが、逆に観客がスポーツに政治を持ち込むパターンもある。本日10月23日(金)公開の『キーパー ある兵士の奇跡』がある意味それだ。

『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話

『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話
(C)2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

【あらすじ】第二次世界大戦で捕虜となったナチス兵のバート・トラウトマン(実在の人物)はイギリスの収容所にいた。収容所でサッカーをしていたら、降格ギリギリの地元チームの監督の目に止まり、ゴールキーパーとしてスカウトされる。敵国ドイツ人とプレーすることに拒否反応を示すチームメイト。

やがて、名門サッカークラブ「マンチェスター・シティFC」の入団テストに合格するのだが、クラブの経営はユダヤ人により成り立っており、マンチェスターの巨大なユダヤ系コミュニティの観客たちから猛烈なブーイングを浴びることになる。果たしてトラウトマンはチームを優勝に導くことができるのか……。

『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話
(C)2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

戦争が起これば過剰にナショナリズムが焚きつけられる。それを利用する為政者もいる。ユダヤ系民族から見れば、同胞を収容所に送り、ドカドカ空爆してきたドイツ軍の兵士が目の前にいるのだから、ブーイングしたい気持ちもわからないではない。いや、まぁブーイングは当然するだろう。しかし、純粋にスポーツを楽しむということであれば、選手の人種や思想、どこ出身かは問題外のハズだ。

『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話
(C)2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann


この映画のポイントの一つが、そのユダヤ人達がトラウトマンをどう受け入れるかなのだが、戦争により傷ついた者同士を結びつけるスポーツの素晴らしさを多分に感じられる仕上がりになっており、人は政治では仲良くなれなくても、スポーツでなら仲良くなれるという希望が描かれている(ちなみに、第一次大戦直後のアントワープ五輪では参加国のナショナリズムが爆発し、スポーツで仲良くなるとは言い難い空気だったらしい……)。


『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話
(C)2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

オリンピックの政治利用を描いた映画

トラウトマンを演じるのはドイツ人俳優のデヴィッド・クロスだが、偶然にも彼はもう一本、政治とスポーツを描いた映画にドイツ人役として出演している。『栄光のランナー 1936ベルリン』がそれだ。

『キーパー ある兵士の奇跡』サッカーファン必見! 捕虜だったナチス兵がマンCを優勝に導く話

1936年のベルリンオリンピックは、ナチスがドイツの国力を世界にアピールするプロパガンダ五輪として開かれた非常に政治色の強い大会だった。

ベルリン五輪
引用元:『なんてこった! ざんねんなオリンピック物語』/(C)JTBパブリッシング

映画は、この大会で「褐色の弾丸」と呼ばれた米国の黒人陸上選手ジェシー・オーエンスが、五輪史上初の四冠を達成するまでを描いているが、クロスはオーエンスにアドバイスを送るドイツ人選手ルッツ・ロング役(良い人)としてチョイ役で出演している。

ベルリン五輪
引用元:『なんてこった! ざんねんなオリンピック物語』/(C)JTBパブリッシング


政治に振り回されるスポーツ選手達

選手が政治的アピールをしたことで有名なのが、1968年のメキシコシティ五輪だ。

メキシコシティ
引用元:『なんてこった! ざんねんなオリンピック物語』/(C)JTBパブリッシング

この時もオリンピックで政治的パフォーマンスはするなと叩かれ、選手達は永久追放処分になった。だが、逆に選手が政治に振り回されるケースもある。いや、むしろそのケースの方が選手の数から言っても格段に多い。

モスクワ五輪
引用元:『なんてこった! ざんねんなオリンピック物語』/(C)JTBパブリッシング

1980年モスクワ五輪では、ソ連のアフガニスタン侵攻に対し西側諸国がボイコット。当然、次のロサンゼルス大会ではその逆が起こり、東側諸国がボイコットした。泣きを見るのはオリンピックを目標に、4年間血の滲むような努力を積み重ねてきた選手達だ。過去には国の威信という重圧で自死を選んだ者、国家のために本人の意思とは無関係にドーピングさせられた者もいた。

ドーピング
引用元:『なんてこった! ざんねんなオリンピック物語』/(C)JTBパブリッシング

しかし、そんな選手達が大会の場でチョットでも政治的パフォーマンスをしようものなら、観客は言うのである「スポーツに政治を持ち込むな」「プロとして失格だ」「迷惑をかけるな」と。観客や大衆は往々にして体制側だ。
多くの人心を動かすスポーツと政治は、表裏一体である。運営も観客もゴリゴリに政治を持ち込んでるのに、選手が政治を持ち込んで何が悪い。(とは言え、人権問題はともかく領土問題を持ち込むのはチョット違うかなとも思う)
(ウラケン・ボルボックス)

作品情報

2020年10月23日公開
『キーパー ある兵士の奇跡』

監督・脚本:マルクス・H・ローゼンミュラー
出演:デヴィッド・クロス フレイア・メーバー 
ジョン・ヘンショウ ハリー・メリング デイヴ・ジョーンズ

配給:松竹
(C)2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

<ストーリー>
1945年、ナチスの兵士だったトラウトマン(デヴィッド・クロス)は戦地で捕虜となり、イギリスの収容所でサッカーをしていた時、地元チームの監督の目に留まり、ゴールキーパーとしてスカウトされる。
やがてトラウトマンは、監督の娘マーガレット(フレイア・メーバー)と結婚し、名門サッカークラブ「マンチェスター・シティFC」の入団テストに合格する。
だが、ユダヤ人が多く住む街で、トラウトマン夫妻は想像を絶する誹謗中傷を浴びる。
それでも、トラウトマンはゴールを守り抜き、マーガレットは夫を信じ続けた。
やがて彼の活躍によって、世界で最も歴史ある大会でチームは優勝、トラウトマンは国民的英雄となる。
だが、トラウトマンは誰にも打ち明けられない「秘密の過去」を抱えていた。そしてその秘密が、思わぬ運命を引き寄せてしまう――。


公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/keeper/
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